ろくろ首
夜、首が長く伸びる、あるいは首が胴を離れて飛ぶ女の怪。見世物と怪談で江戸に広まった。

- 分類
- 女の怪
- 分布
- 諸国の随筆
- 出没
- 夜間の民家
- 弱点・対処
- 本体の移動
- 主な初期記録
- 『曾呂利物語』(1663)
解説Overview
ろくろ首(ろくろくび、轆轤首、飛頭蛮)は、外見は常人とほとんど変わらない女の怪である。首が胴から離れて飛ぶ抜け首と、首だけが異常に伸びる型に分かれ、抜け首の方が原型とされる。夜に人を襲い血を吸うともいい、抜け首では首の梵字と、飛んでいるあいだに本体を動かすと戻らぬことが弱点との説がある。名の由来には、陶器用ろくろの感触、井戸のろくろ、傘のろくろに似る、などの説がある。
『曾呂利物語』「女の妄念迷ひ歩く事」は、睡眠中に女の魂が体を抜けたものと解する。『和漢三才図会』は飛頭蛮の字をあて、耳を翼にして飛び虫を食うとする。首が伸びる話は江戸以降の『甲子夜話』などに見え、文化7年(1810年)には江戸上野の見世物でも評判になった。随筆の舞台は越前・肥後・常陸・遠州などに散在し、口承は岐阜県の旧街道や長野県飯田市越久保にもある。ほとんどは怪奇趣味のための創作との指摘もある。
名称と語源
ろくろ首は「ろくろくび」と読み、「轆轤首」「ろくろっ首」とも書く。漢字「轆轤」は山岡元隣『古今百物語評判』の条題「絶岸和尚肥後にて轆轤首を見給ふ事」に見える。語源は、陶工がろくろを回す感触、長く伸びた首を井戸のろくろ(滑車)に擬える説、傘のろくろを上げると柄が長く見えることになぞなえる説がある。いずれも誰が唱えたかは上記の書に見えない。
寺島良安『和漢三才図会』は「飛頭蛮」の表記をあて、村上健司『日本妖怪大事典』も「ろくろ首」と「飛頭蛮」を別項に立てる。首が胴を離れて飛ぶものを「抜け首」ともいい、抜け首のほうがろくろ首の原型とされる。『曾呂利物語』(1663)は「女の妄念迷ひ歩く事」と題してこの型を載せる。和名のろくろ首は両型に用いられ、松浦静山『甲子夜話』は抜けて宙を舞う話と、首が伸び上がる話の双方にこの名を記す。土地ごとの異名はこれらの文献には見えず、名に童子や獣を示す語もない。
姿かたち
外見は常人とほとんど変わらず、首が胴から離れて浮遊する抜け首と、首だけが異常に伸びる型とに分かれる。抜け首の方が原型とされ、『曾呂利物語』は鶏や女の首に姿を変える抜け首を記し、『和漢三才図会』(1712年)は飛頭蛮として、耳を翼のように使い空を飛んで虫を食べる姿を載せる。
『古今百物語評判』は肥後国の宿の女房の首が戻ったあと首の周りに筋があったと伝え、香川県大川郡長尾町多和村でも首に輪のような痣のある女をろくろ首とする。『中陵漫録』は吉野山奥地の轆轤首村で首巻きを外すと筋があると記す。
抜け首の頭と胴は霊的な糸で繋がるとも伝えられ、石燕などがその糸を描いたものが細長い首に見間違えられたという説がある。『甲子夜話』では女中の寝所で胸から水蒸気のようなものが立ち昇り、頭部が消えて首が伸び上がり、普段は顔が青白いほかは常人と変わらなかった。
文化年間には遊女が行燈の油を嘗めるために首を伸ばす怪談が流行し、文化7年(1810年)には江戸上野の見世物小屋で首の長い男性がろくろ首として評判を呼んだ。明治の雑誌には内幕と頭のない等身大人形、作り物の長い首で伸縮を見せる種が図示されている。
性質と弱点
夜間、抜け首の系統は人間などを襲い、血を吸うなどの害をなすとされる。古典の話型は、夜中に首が抜け出た場面を他者に目撃されるものである。『和漢三才図会』は空を飛んで虫を食べるとする。
文化年間には、遊女が客の寝静まった頃に首を伸ばして行燈の油を嘗める怪談が流行した。十返舎一九『列国怪談聞書帖』は遠州の僧回信の枕辺に、殺した女およつの怨みが伸びた首となって現れたとし、ろくろ首を人間の業因によるものとする。
正体を見られると奉公を失う例が多い。松浦静山『甲子夜話』では、寝所を確かめられた女中が暇を取らされ、どこでもすぐに暇を出されると語った。『曾呂利物語』「女の妄念迷ひ歩く事」では、男が刀を抜いて抜け首を追い、家へ逃げ込んだと伝える。根岸鎮衛『耳嚢』には、ろくろ首の噂の女性が結婚し、噂に過ぎず仲睦まじく暮らした例外を載せる。
弱点については、首に梵字が一文字あり、首だけが飛び回っているときに本体を移動すると元に戻らなくなるという説がある。『甲子夜話』続編は、常陸国で白犬の肝を服した母から生まれた女児の抜け首が、白い犬に噛み殺されたと記す。
伝承・逸話
抜け首を家まで追う: 『曾呂利物語』(1663年)「女の妄念迷ひ歩く事」は、女の魂が睡眠中に身体から抜け出たものと解する。ある男が、鶏や女の首に姿を変えている抜け首に出遭い、刀を抜いて追うと、抜け首は家へ逃げ込んだ。家の中からは「恐い夢を見た。刀を持った男に追われて、家まで逃げ切って目が覚めた」と声がしたという。引き写しが多いと見られる『諸国百物語』「ゑちぜんの国府中ろくろ首の事」でも、男が抜け首を家まで追い、女は罪業を恥じて夫に暇を乞い、髪をおろして往生したと伝える。
肥後の宿の女房: 山岡元隣『古今百物語評判』「絶岸和尚肥後にて轆轤首を見給ふ事」は、肥後国(現・熊本県)の宿の女房の首が抜けて宙を舞い、次の日に元に戻った女の首の周りに筋があった話を載せる。香川県大川郡長尾町多和村(現・さぬき市)にも、首に輪のような痣のある女性はろくろ首だという伝えがある。随筆『中陵漫録』は、吉野山の奥地の「轆轤首村」の住人は皆ろくろ首であり、子供の頃から首巻きを付け、それを取り去ると首の周りに筋があると記す。
常陸の白犬: 松浦静山『甲子夜話』続編によれば、常陸国である女性が難病に冒され、夫が行商人から「白犬の肝が特効薬になる」と聞いて飼い犬を殺し肝を服用させると、妻は元気になった。後に生まれた女児はろくろ首となり、首が抜け出て宙を舞っていたところ、白い犬が現れ、首は噛み殺されて死んだという。
寝所で首が伸びる: 『甲子夜話』には、ろくろ首と疑われた女中の寝姿を主が見た話がある。胸のあたりから水蒸気のようなものが立ち昇り、濃くなるとともに頭部が消え、見る間に首が伸び上がった。主の気配に気づいたか、女中が寝返りを打つと首は元通りになった。普段は顔が青白いほか常人と変わらなかったが、主は暇を取らせた。彼女はどこもすぐに暇を出されるので、奉公先に縁がないとのことだった。
遠州のろくろ首の塚: 十返舎一九『列国怪談聞書帖』では、ろくろ首は人間の業因によるものとされる。遠州で回信という僧がおよつという女と駆け落ちし、およつが病に倒れ旅の資金が尽きたために彼女を殺した。後に回信は還俗し、泊まった宿の娘と枕をともにしたところ、娘の首が伸びて顔がおよつと化し、怨みつらみを述べた。回信が娘の父に打ち明けると、父もかつて女を殺して金を奪い、その金で宿を始めたが、後に産まれた娘は因果により生来のろくろ首だったという。回信は再び仏門に入り、およつの墓を「ろくろ首の塚」として建てたと伝える。
起源と解釈
抜け首の系統を中国の「飛頭蛮」に由来するとみる説がある。寺島良安『和漢三才図会』(1712年)はろくろ首に飛頭蛮の表記をあて、中国や日本のそれは異人に過ぎないとも記す。山岡元隣『古今百物語評判』は中国の書物の例を引き、南蛮では古くから見られ都では聞かぬ遠国の怪異だと解した。広く採られてきたのは抜け首を飛頭蛮に対応させる読みであり、渡来の時期や首が伸びる型の由来は分かれる。妖怪研究家の多田克己は、室町時代から安土桃山時代にかけての南中国・東南アジアとの交易で伝来し、鎖国ののちに首の伸びる日本独自の伝承が生まれたとみる。首の伸縮と、胴から離れる海外の話型とはかけ離れているとして、関連を疑う声もある。
抜け首を離魂病とみる読みは『曾呂利物語』(1663年)に見え、橘春暉『北窻瑣談』も魂が体を離れて首の形をなすと説明する。『甲子夜話』に見える首の伸長も、体外の魂が形をなした例と読む向きがある。首が伸びる型については、抜け首の頭と胴を結ぶ霊的な糸を石燕らが描いたものが細長い首に見間違えられたという説がある。十返舎一九『列国怪談聞書帖』はろくろ首を人間の業因とし、伴蒿蹊『閑田耕筆』は眠ると心が緩む体質とみた。近代には片頭痛の体感幻覚や入眠時幻覚、夢野久作『ドグラ・マグラ』の睡眠時遊行説も出たが、少数説である。ほとんどは日本の怪奇趣味を満足させるための創作だとの指摘もある。
史料の変遷
ろくろ首の記録は近世の怪談集に始まる。1663年の『曾呂利物語』が「女の妄念迷ひ歩く事」の一条を立て、のち山岡元隣『古今百物語評判』が「絶岸和尚肥後にて轆轤首を見給ふ事」を評釈し、1712年の『和漢三才図会』が百科の項目とした。
江戸後期、松浦静山『甲子夜話』は続編に常陸国の抜け首を、別条に女中の寝所で首が伸びた見聞を記し、十返舎一九『列国怪談聞書帖』は人間の業因として読本に書いた。「寝ている間に首が伸びる」話は『武野俗談』『閑田耕筆』『夜窓鬼談』にも見え、文化年間には遊女の怪談と見世物が並行して広まった。『諸方見聞録』は文化7年(1810年)、江戸上野の見世物小屋で首の長い男性がろくろ首として評判を呼んだと記す。
明治の雑誌は見世物の仕掛けを図示して種明かしし、大正時代の祭礼や縁日でも同様の興行があった。1904年の小泉八雲『Kwaidan』所収「Rokuro-Kubi」は抜け首を英文で記し、村上健司『日本妖怪大事典』(2005)が「ろくろ首」「飛頭蛮」の項を立てている。多くは怪奇趣味のために創作されたとの指摘もある。
ゆかりの地
越前国府中(福井県): 『諸国百物語』「ゑちぜんの国府中ろくろ首の事」の舞台である。同書は『曾呂利物語』(1663年)からの引き写しが多いと見られている。橘春暉『北窻瑣談』も寛政元年、越前国のある家の下女の一件を記す。
肥後国(熊本県)・多和(さぬき市)・吉野山: 山岡元隣『古今百物語評判』「絶岸和尚肥後にて轆轤首を見給ふ事」は肥後国の宿を現場とする。香川県大川郡長尾町多和村(現・さぬき市)には、首に輪のような痣のある女性をろくろ首とする伝承がある。吉野山の奥地は随筆『中陵漫録』が「轆轤首村」と記す。
遠州・江戸上野: 十返舎一九『列国怪談聞書帖』は、僧回信の建てた墓を「ろくろ首の塚」として後に伝えられたと記す。文化7年(1810年)、江戸の上野の見世物小屋で首の長い男性がろくろ首として評判を呼んでいたことが『諸方見聞録』に見える。
現代の受容
小泉八雲の『Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things』(1904年)所収「Rokuro-Kubi」(ろくろ首)は、抜け首を近代の読物とした。もとは都人で、いまは深山の木こりを装い旅人を食い殺す一族として描く。夢野久作『ドグラ・マグラ』では、正木博士が、睡眠時遊行の者が夜に液体を飲んだ跡をろくろ首の仕業としたところから怪談が生まれた、と述べる。
『諸方見聞録』によれば、文化7年(1810年)に江戸上野の見世物小屋で、首の長い男性がろくろ首として評判を呼んだ。明治の雑誌は、内幕と頭のない等身大人形、作り物の長い首を用いた奇術だと種明かしし、大正の祭礼・縁日でも同種の興行が行われた。村上健司『日本妖怪大事典』(2005年)は「ろくろ首」「飛頭蛮」の項を立てる。見世物の伸縮する首や八雲の人食いの一族は、随筆が記した抜け首とは別の像である。
出典・参考文献References
- 『曾呂利物語』 1663「女の妄念迷ひ歩く事」。女の魂が睡眠中に身体から抜けたと解し、鶏や女の首に姿を変えた抜け首を男が刀で追いかけ、家に逃げ込んだ話を載せる。
- 『古今百物語評判』 山岡元隣「絶岸和尚肥後にて轆轤首を見給ふ事」。肥後国の宿の女房の首が抜けて宙を舞い、戻った首の周りに筋があった話を取り上げ、南蛮ではよく見られ都では聞かぬ遠国の怪異だと解する。
- 『和漢三才図会』 寺島良安 1712飛頭蛮の表記をあて、耳を翼のように使って空を飛び虫を食べるとする。中国や日本の飛頭蛮は単なる異人に過ぎないとも述べる。
- 『甲子夜話』 松浦静山 1821続編で常陸の女児の抜け首が白い犬に噛み殺された話を載せ、別条では女中の寝所で頭部が消え水蒸気のように立ち昇って首が伸びた話を記す。
- 『列国怪談聞書帖』 十返舎一九遠州の僧回信が女およつを殺したのち、宿の娘の伸びた首がおよつと化して怨み、娘は父の殺生の因果による生来のろくろ首で、回信は「ろくろ首の塚」を建てたと記す。
- 『諸方見聞録』文化7年(1810年)に江戸上野の見世物小屋で、首の長い男性がろくろ首として評判を呼んでいたと記す。
- 『Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things』 小泉八雲(Houghton Mifflin) 1904収録の「Rokuro-Kubi」(ろくろ首)。もとは都人で今は深山で木こりをする一族と見せかけて旅人を食い殺す抜け首を描く。
ランキング順位Rankings
ゆかりの地Places
- 越前国府中(福井県)『諸国百物語』「ゑちぜんの国府中ろくろ首の事」の舞台。『北窻瑣談』は寛政元年の越前国の下女の抜け首を記す。
- 肥後国(熊本県)『古今百物語評判』「絶岸和尚肥後にて轆轤首を見給ふ事」の舞台。宿の女房の首が抜け、戻った首の周りに筋があったという。
- さぬき市多和(香川県)旧大川郡長尾町多和村。首に輪のような痣のある女性はろくろ首だという伝承がある。
- 吉野山(奈良県)『中陵漫録』が奥地に「轆轤首村」を記す。住人は皆ろくろ首で、子供の頃から首巻きを付け、外すと首の周りに筋があるという。
- 上野(東京都)文化7年(1810年)、見世物小屋で首の長い男性がろくろ首として評判を呼んだ。
- 遠州(静岡県)『列国怪談聞書帖』で僧回信が「ろくろ首の塚」を建てたと伝える土地。
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よくある質問FAQ
ろくろ首は首が伸びるの、抜けるの?
どちらも「ろくろ首」と呼ばれてきました。江戸前期の記録と石燕の絵は「抜けて飛ぶ」型で、「伸びる」型は江戸後期の見世物と絵草紙で広まったものです。
ろくろ首は首が伸びるの、抜けるの?
両方ともろくろ首と呼ばれる。抜け首の方が原型とされ、夜に首が胴を離れて飛ぶ。首が伸びる話は江戸以降の随筆に見え、『甲子夜話』では女中の寝所で頭部が消え、水蒸気のように立ち昇って首が伸びたという。
ろくろ首の名前の由来は?
陶器用のろくろを回す感触、長く伸びた首が井戸のろくろ(滑車)に似ること、傘のろくろを上げると柄が長く見えること、などの説がある。別名にろくろっ首、漢字は轆轤首、飛頭蛮。
ろくろ首の弱点は?
抜け首では、首に梵字が一文字あり、首が飛んでいるあいだに本体を動かすと元に戻らなくなる、との説がある。古典では正体を目撃された女が暇を出される、髪を下ろして往生する、犬に噛み殺されるなど、見られたことで不幸になる例が多い。
飛頭蛮とろくろ首は同じか?
『和漢三才図会』は飛頭蛮の字をあて、耳を翼にして飛び虫を食うとする一方、単なる異人とも述べる。抜け首は中国の飛頭蛮に由来するとの説があり、首の周りの筋も共通する。海外の首が離れる伝承と、日本の首が伸びる話との関連を疑う見方もある。
ろくろ首の見世物は何をしていたのか?
文化7年(1810年)に江戸上野の見世物小屋で、首の長い男性がろくろ首として評判になった記録がある。のちには内幕と頭のない等身大人形を使い、後ろの役者が立ったりしゃがんだりして首を伸縮させる奇術が、明治の雑誌で種明かしされ、大正の縁日でも興行された。
最終更新: · 編集: 百鬼編集室

