天狗
山に棲み、高い鼻と翼、羽団扇をもつ山の怪。仏法を妨げる魔から山の神へと姿を変えてきた。

- 分類
- 山の怪・山神
- 出没
- 深山・霊山
- 姿
- 鼻高天狗・烏天狗
- 初出
- 『日本書紀』637年条
解説Overview
天狗は山中に棲むとされる怪で、赤い顔と高い鼻、背中の翼、手にした羽団扇、山伏の装束という姿で知られる。語そのものは中国で流星や凶星を指した「天狗(てんこう)」に由来し、日本では『日本書紀』舒明天皇9年(637)条に、空を鳴って渡った星を僧旻が「天狗(あまつきつね)」と呼んだとあるのが最初である。この段階では星の名であり、山の怪ではなかった。
平安時代になると天狗は仏法を妨げる魔物として説話に現れる。『今昔物語集』巻20には、行者に化けて人を惑わし、僧を試し、時に法力に打ち負かされる天狗の話が多数収められる。鎌倉末期の絵巻『天狗草紙』(1296)は、驕慢な高僧や学僧が死後に天狗道へ堕ちるという思想を、諸大寺の僧を天狗に描いて風刺した。ここで天狗は「慢心した修行者の末路」という意味を帯びる。
室町から江戸にかけて、天狗像は山岳信仰と結びついて再編される。鞍馬山の僧正坊、愛宕山の太郎坊、比良山の次郎坊、飯綱三郎、大山伯耆坊などを筆頭とする「八天狗」「四十八天狗」の系譜が語られ、各山の天狗は修験者の守護者、あるいは山そのものの神格として祀られるようになった。鼻高天狗と、鳥の嘴をもつ烏天狗という二つの像もこの頃に分化する。
民間では、子どもが突然いなくなる「神隠し」を天狗のしわざとする「天狗隠し」や、山中で木を切る音だけが響く「天狗倒し」、夜に響く「天狗笑い」など、山の異常現象を説明する存在として天狗が用いられた。『和漢三才図会』(1712)も巻44に天狗を載せている。高い鼻は自慢の比喩となり、「天狗になる」という言い回しは今も生きている。
伝承・史料Lore
鞍馬の僧正坊:牛若丸(源義経)に剣術を教えたとされる。天狗を師とする武芸伝説の代表。
天狗の落し文・天狗の爪:山中で拾われる奇妙な書付や、実際は鮫の歯である「天狗の爪」が寺社に伝わる。
天狗倒し:夜、山で大木を切り倒す音が響くが、朝見ると何も倒れていない現象。
出典・参考文献References
- 『日本書紀』 舎人親王ほか 720 — 舒明天皇9年2月条「天狗」
- 『今昔物語集』 1120 — 巻20 天狗説話群(成立年は推定)
- 『天狗草紙』 1296 — 絵巻。諸大寺の僧を天狗に描く
- 『和漢三才図会』 寺島良安 1712 — 巻44「天狗」
- 『天狗の研究』 知切光歳(大陸書房) 1975
- 『日本妖怪大事典』 村上健司(角川書店) 2005 — 「天狗」「天狗隠し」「天狗倒し」
特集Collections
よくある質問FAQ
天狗は神様なの、妖怪なの?
両方の顔をもちます。平安期には仏法の敵でしたが、山岳信仰と結びついて各山の守護神として祀られるようになり、今も鞍馬山や高尾山などで信仰されています。
最終更新: · 編集: 百鬼編集室