天狗

てんぐtengu

山に棲み、高い鼻と翼、羽団扇をもつ山の怪。仏法を妨げる魔から山の神へと姿を変えてきた。

イメージ画(当サイト制作)
分類
山の怪
分布
全国
出没
深山
弱点・対処
鉄砲三発
主な初期記録
『日本書紀』(720)

7 出典 · 4,957 字 · 最終更新

解説Overview

天狗は、山に棲むとされる伝説上の生き物である。一般には山伏の装束、赤い顔、高い鼻、翼を持ち、空を飛ぶ。俗に人を魔道へ導く魔物とされ、外法様とも呼ばれる。日本での初出は『日本書紀』舒明天皇9年2月(637年)条で、都の空を轟音とともに東から西へ流れた星を、唐から帰国した学僧の旻が天狗と呼んだ。訓はアマツキツネで、この段階では流星を指す。語はもともと中国で災禍をもたらす凶星の名であった。

平安時代に再び現れた天狗は山の怪となり、『今昔物語集』では空を駆け人に憑く魔物として語られる。永仁4年(1296年)の『天狗草紙』は興福寺・東大寺・延暦寺など七大寺の僧の堕落を天狗に描いて風刺した。今日知られる高い鼻、一本歯の高下駄、羽団扇は近世以降の解釈である。鼻の高いものを鼻高天狗、鼻先の尖ったものを烏天狗または木の葉天狗という。民間では山地の怪異を天狗の仕業とし、狗賓や山の神として祀る土地がある。愛宕山の太郎坊、鞍馬山の僧正坊など、名を持つ大天狗が各地の霊山に伝えられる。

名称と語源

天狗の語は、中国では凶事を知らせる流星を指し、文字どおり「天の狗」である。咆哮して天を降りる犬に見立てた呼称で、『史記』をはじめ『漢書』『晋書』に記事がある。仏教では『正法念處經』巻19が、古代インドの流星名Ulkā(憂流迦)を天狗と訳した。日本での初出は『日本書紀』舒明天皇9年2月(637年)条で、都の空を轟音とともに流れた星を、唐から帰国した学僧の旻が天狗と呼んだ。訓はアマツキツネであり、『聖徳太子伝歴』下巻と『壒嚢鈔』は天狐と同一視する。

俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいう。平安末期成立の『今昔物語集』は、空を駆け人に憑く「鷹」や、顔は天狗・体は人間で一対の羽を持つ魔物を天狗として多く載せる。驕慢な尼の転生を尼天狗と呼ぶこともあった。自慢が高じたさまを「天狗になる」ともいう。

鼻の高いものを鼻高天狗、鼻先の尖ったものを烏天狗あるいは木の葉天狗という。鳥形の呼称は『今昔物語集』の「鷹」にも見える。紀州の空神、長野県上伊那郡のハテンゴ、岩手県南部のスネカ、北部のナゴミは地方名として伝えられる。静岡県大井川では『諸国里人談』に、一名を境鳥という木の葉天狗が記される。狗賓・山人・山の神と呼ぶ土地もあり、滋賀県高島市のグヒンサンは山神に近い名、狼の姿の狗賓は獣形の名である。

出典: 〔1〕〔2〕

姿かたち

今日『日本妖怪大事典』などに載る一般的な姿は、修験者の装束で顔は赤く鼻が高く、翼があって空を飛ぶとされる。鼻高く赤ら顔、一本歯の高下駄、羽団扇という定型は、近世以降に解釈されたものである。

平安時代には鳶のイメージで捉えられることが多かった。平安末期成立の『今昔物語集』には、空を駆け人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物や、顔は天狗、体は人間で一対の羽を持つ魔物が載る。『平家物語』は「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」と記す。

鼻の高いものを鼻高天狗、鼻先の尖ったものを烏天狗または木の葉天狗という。鼻の長い描写は鎌倉時代末期の『天狗草紙』(永仁4年、1296年)等に見られ、『是害房絵』では、人間に化けた天狗が鳶に戻る際に鼻が伸びて上嘴になる。勝俣隆と杉原たく哉は、高い鼻は鳥の嘴の名残であるとする。静岡県大井川の『諸国里人談』は、一名を境鳥といい、顔は人に似て正面に目があり、翼を広げると幅およそ六尺、嘴を持つ木の葉天狗が夜に川面を飛んで魚を取ったと記す。山形県最上郡では白髪の老人として伝え、狼の姿の狗賓もあった。

出典: 〔2〕〔3〕〔4〕

性質と弱点

天狗は俗に人を魔道へ導く魔物とされ、外法様ともいう。平安末期成立の『今昔物語集』には、空を駆けて人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物など、天狗の説話が多く載る。『吾妻鏡』天福2年(1234年)3月10日条は、南都(奈良)に天狗怪が現れ、一夜で人家千軒に「未来不」の字を書いたとし、彗星とは別の怪異として記す。

山中の怪音・怪光は天狗の仕業とされる。神奈川県の山村では、大木を倒す音だけの「天狗倒し」や、風もない山小屋の揺れを山天狗の所業とし、鉄砲を三つ撃てば怪音がやむという説がある。群馬県利根郡の「天狗笑い」は、笑い声に笑い返すとさらに大きく返す。山道で風と山鳴りとともに石が飛ぶ「天狗礫」は、天狗の通り道だとされる。静岡県小笠山の「天狗囃子」、佐渡島(新潟県佐渡市)の「山神楽」、岐阜県揖斐郡徳山村で雨の前兆とされる「天狗太鼓」は、音だけで人に関わる。滋賀県高島市では「グヒンサン」が大空を飛んで祭見物をしたと伝える。

害と恩は土地で分かれる。岩手県南部の「スネカ」、北部の「ナゴミ」「ナゴミタクリ」は、小正月に怠け者のすねの火まだらを剥ぎに来る。五月十五日の月夜に太平洋から飛ぶ「アンモ」も同種で、弱い子は助け、病の子が拝めば癒えると伝える。神奈川県津久井郡内郷村(現・相模原市緑区)では、夜の川に火の玉が転がり、石を清めて魚を供えると止むといい、姿なく投網を打つ者を川天狗と呼んだ。早川孝太郎『三州横山話』は、愛知県北設楽郡東郷村出沢の山小屋で、天狗倒し・天狗礫・天狗火・天狗の揺さぶりが一夜に重なったと記す。埼玉県比企郡の山入では小屋を揺する大男を見て山の神に祈り、信州佐久稲子(長野県小海町)では里で悪事を働く天狗を祀って害を止めたと伝える。

出典: 〔2〕〔5〕〔6〕

伝承・逸話

天狗倒し: 民俗学者・早川孝太郎の『三州横山話』は、愛知県北設楽郡東郷村出沢の木挽き三作が仲間8人と山小屋にいたときのこととして、次の話を載せる。深夜に酒2升を買い、石油の缶を叩いて拍子をとり騒いだところ、山上から石を投げ、岩を転がし、小屋を揺さぶり、火の玉を飛ばし、周りの木を倒す音がした。一同は酔いが醒めて抱き合い、生きた心地もしなかった。夜が明けたら木は1本も倒れていなかった。天狗の悪戯であったという。この一件は、天狗倒し・天狗礫・天狗火・天狗の揺さぶりが一夜に重なった例として記されている。

川天狗: 神奈川県津久井郡内郷村(現・相模原市緑区)では、夜中に川へ漁に行くと、真っ暗ななかを大きな火の玉が転がることがあると伝える。河原の石の上を洗い清めて獲れた魚を供えると、火の玉の転がるのが止まる。投網を打ちに行くと、姿は見えないが少し前を同じく投網を打つものがいる。大勢の人の声や松明の灯が見えるが誰もいない、とする。土地ではこれを川天狗と称し、山に住む天狗を山天狗ともいう。

境鳥: 静岡県大井川では、『諸国里人談』に、一名を境鳥という木の葉天狗が伝えられる。顔は人に似て正面に目があり、翼を広げるとその幅およそ6尺、人間と同じような容姿と大きさで、嘴を持つ。夜更けに川面を飛び交い、魚を取っていたと記されている。

石鎚山の送り: 愛媛県石鎚山では、6歳の男の子が山頂でいなくなり、探しても見つからず、やむなく家に帰ると、すでに子供は戻っていたと伝える。子に聞くと、山頂の祠の裏で小便をしていると真っ黒い大男が出てきてたしなめ、「送ってあげるから目をつぶっておいで」と言い、気がつくと自分の家の裏庭に立っていたという。

テンゴヌカミ: 鹿児島県奄美大島では、山に住むテンゴヌカミが知られる。大工の棟梁であったが、嫁迎えのため60畳の家を1日で作るので、藁人形に息を吹きかけて生命を与えて使い、2,000人を山に、2,000人を海に帰したと言う。

出典: 〔6〕

起源と解釈

山岳信仰・天狗道: 奈良時代から役小角より行われていた山岳信仰と習合し、名利を得んとする傲慢で我見の強い山伏が死後に転生する魔界として、天狗道が一部に想定された。中世には仏教の六道のほかに天狗道を置き、仏道を学ぶゆえ地獄に堕ちず、邪法を扱うゆえ極楽にも行けない無間地獄と解釈した。永仁4年(1296年)の『天狗草紙』は、興福寺・東大寺・延暦寺など七大寺の僧の堕落を天狗に描き、風刺として示した。

山神視: 民間では平地の人が山地を異界として畏怖し、山中の怪異を天狗の仕業と呼んだ。天狗を山の神と見なす傾向が生まれ、像を狗賓、山人、山の神と呼ぶ土地があり、山神を天狗(ダイバ)とする地方も多い。山形県最上郡の伝承では白髪の老人として語られる。林羅山『神社考』「天狗論」と平田篤胤『古今妖魅考』は『太平記』の御霊を天狗として紹介した。井上円了は「天狗論」を著し、柳田國男は『妖怪談義』(1956年)で天狗を含む妖怪を論じた。村上健司『日本妖怪大事典』(2005年)は天狗の項で呼称と図像を整理する。

図像の起源: 古事記・日本書紀のサルタヒコは背が高く長い鼻を持ち、天狗と同一視されることが多い。祭礼で猿田彦に扮する際は天狗の面をかぶるのが通例である。鼻の高さについては、民俗学者の五来重をはじめ伎楽の治道面に起源を求める研究者が多い。

少数説: 種類を、業尽きて人身に戻ろうとする「波旬」、驕慢を縁に集う「魔縁」と解釈する場合もある。文学博士の勝俣隆は治道面起源に文献上の裏付けが無いとして否定的であり、図像的変遷を研究した杉原たく哉も、治道面が天狗と結び付く理由を説明できないとする。両者は高い鼻をもともと鳥の嘴と見る。鼻の長い描写は鎌倉時代末期の『天狗草紙』などに見え、『是害房絵』では人間に化けた天狗が鳶に戻るとき、鼻が伸びて上嘴になる様子が描かれる。

出典: 〔1〕〔3〕〔7〕

史料の変遷

舒明天皇9年2月(637年)条を載せる『日本書紀』(720年)を日本における初出としたのち、流星を天狗と呼ぶ記録は途絶え、平安時代中期まで天狗の文字は書物に現れない。再出後は山の妖怪として語られ、平安末期成立の『今昔物語集』に説話がまとまる。

永仁4年(1296年)の『天狗草紙』(七天狗絵)は、興福寺・東大寺・延暦寺・園城寺・東寺・仁和寺・醍醐寺の僧の堕落を天狗に描いて風刺した。鎌倉時代の『是害坊絵巻』(曼殊院蔵)には天台の僧に戦いを挑み敗退する物語が残り、『平家物語』は人・鳥・犬のいずれにも収まらぬ存在として記す。

室町時代成立とされる『御伽草子・天狗の内裏』は鞍馬天狗の像を伝え、後の描写に影響したとされる。近世には林羅山の『神社考』「天狗論」と平田篤胤の『古今妖魅考』が、『太平記』の御霊を天狗として紹介した。柳田國男は1956年刊の『妖怪談義』で天狗を含む妖怪を論じ、村上健司『日本妖怪大事典』(2005年)が事典項目として整理している。

出典: 〔1〕〔2〕〔3〕〔4〕〔7〕

ゆかりの地

鞍馬山:室町時代成立とされる『御伽草子・天狗の内裏』は、鞍馬寺の護法魔王尊あるいは鞍馬天狗を記す。僧正坊の名が残る。

白峯神宮(京都市上京区):林羅山『神社考』「天狗論」と平田篤胤『古今妖魅考』は、祭神の讃岐院(崇徳上皇)を金色の鳶と化した天狗として挙げる。

石鎚山(愛媛県):山頂の祠があり、いなくなった6歳の男児が祠の裏で真っ黒い大男に家まで送られたと伝える。

高島市(滋賀県):天狗を「グヒンサン」と呼び、大空を飛んで祭見物をしたという。高島町大溝に火をつけにいったが隙間がなく失敗した話が残る。

小笠神社(静岡県小笠山):夏に山中から囃子が聞こえる「天狗囃子」を同社の天狗の仕業と伝える。

木霊神社(長野県小海町):佐久稲子の山奥「天狗沢」に天狗を祀った宮である。

現代の受容

村上健司『日本妖怪大事典』(2005年)は「天狗」の項を立てる。柳田國男『妖怪談義』(原著1956年)は天狗を論じ、井上円了「天狗論」は『妖怪玄談』(2011年)に再録された。勝俣隆は2005年の論考で図像の変化を扱い、国立国会図書館は展示「強い天狗 弱い天狗 -天狗の鼻はなぜ高い」を開いた。小説・漫画・アニメ・遊戯を作品名と年で挙げる記述はこれらの出典にない。

迦葉山麓の沼田市では8月上旬の沼田まつりで巨大な天狗みこしを女性だけで担ぎ、求菩提山麓の豊前市では豊前市カラス天狗祭が開かれ宇島駅に天狗像が建つ。祭礼で猿田彦に扮する際は天狗の面を用いるのが通例である。和名のテングザルやテングタケ、てんぐ巣病、「天狗になる」という言い回しは鼻高の定型を前提とする。柳田國男『妖怪談義』が論じた山の怪異としての天狗とは、層を異にする。

出典: 〔7〕

出典・参考文献References

  1. 『日本書紀』 舎人親王ほか 720
    舒明天皇9年2月(637年)条。都の空を轟音とともに流れた星を学僧の旻が天狗(アマツキツネ)と呼ぶ。日本における語の初出。
  2. 『今昔物語集』
    平安末期成立。空を駆け人に憑く「鷹」と呼ばれる魔物や、顔は天狗・体は人間で一対の羽を持つ魔物など、天狗説話を多く載せる。
  3. 『天狗草紙』 1296
    永仁4年の絵巻(七天狗絵)。興福寺・東大寺・延暦寺・園城寺・東寺・仁和寺・醍醐寺の僧の堕落を天狗に描く。
  4. 『平家物語』
    天狗を「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」と記す。
  5. 『吾妻鏡』
    天福2年(1234年)3月10日条。南都(奈良)に天狗怪が現れ、一夜で人家千軒に「未来不」の字を書いたとする。彗星とは別の怪異として記す。
  6. 『三州横山話』 早川孝太郎
    愛知県北設楽郡東郷村出沢の木挽きが山小屋で騒ぎ、天狗倒し・天狗礫・天狗火・天狗の揺さぶりが一夜に起きた話を記す。
  7. 『妖怪談義』 柳田國男(講談社) 1956
    天狗を含む妖怪を論じた近代民俗学の論集。

ランキング順位Rankings

ゆかりの地Places

  • 鞍馬山僧正坊(鞍馬天狗)。『御伽草子・天狗の内裏』の護法魔王尊と結びつけて語られる。
  • 白峯神宮(京都市上京区)金色の鳶と化した崇徳上皇(讃岐院)を天狗として祭る。
  • 石鎚山(愛媛県)山頂で姿を消した童子を黒い大男が家まで送った話が伝わる。
  • 高島市(滋賀県)グヒンサンと呼ばれ、空を飛んで祭を見物したという。
  • 小笠山(静岡県)夏に山中から囃子が聞こえる天狗囃子を、小笠神社の天狗の仕業とする。
  • 小海町(長野県)天狗沢に住む天狗を祀った木霊神社がある。

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よくある質問FAQ

天狗は神様なの、妖怪なの?

両方の顔をもちます。平安期には仏法の敵でしたが、山岳信仰と結びついて各山の守護神として祀られるようになり、今も鞍馬山や高尾山などで信仰されています。

天狗は神なのか、妖怪なのか?

神や妖怪とも呼ばれる伝説上の生き物である。平安期の説話では仏法を妨げる魔物として現れ、民間では山地の怪異をその仕業とし、狗賓や山の神として祀る土地がある。愛宕山の太郎坊や鞍馬山の僧正坊など、名を持つ大天狗は信仰の対象となった。

鼻が高いのはなぜ?

慢心の象徴ともされる。五来重らは伎楽の治道面に起源を求めるが、勝俣隆と杉原たく哉は文献の裏付けが無いとして否定し、鎌倉末期の『天狗草紙』などに見える鳥の嘴の名残と考える。

「天狗になる」とはどういう意味?

天狗は慢心の権化とされ、高い鼻はその象徴とも考えられた。そこから転じて、自慢が高じているさまを「天狗になる」という。

烏天狗と鼻高天狗はどう違う?

赤い顔に高い鼻の修験者の姿が一般的で、鼻の高いものを鼻高天狗、鼻先の尖ったものを烏天狗または木の葉天狗という。烏天狗は鳥のくちばしと翼を残す型であり、是害坊などがこの種である。

日本で最初に天狗と記した書物は?

『日本書紀』舒明天皇9年2月(637年)条である。都の空を轟音とともに横切った星を、唐から帰国した学僧の旻が天狗と呼び、訓はアマツキツネであった。この段階では流星を指し、山の怪ではない。

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最終更新: · 編集: 百鬼編集室