垢嘗
垢嘗は、鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれた妖怪で、夜中に便所に入り、湯垢や汚れを舐め取るといわれる。

- 分類
- 家の怪
- 分布
- 不詳
- 出没
- 風呂屋・荒屋敷
- 弱点・対処
- 風呂場の清掃
- 主な初期記録
- 『古今百物語評判』(1686)
解説Overview
垢嘗(あかなめ)は、風呂桶や風呂にたまった垢を嘗め喰うとされる妖怪である。名の初出は鳥山石燕『画図百鬼夜行』(安永5年/1776年)とされるが、同一の化物の異名「垢ねぶり」は山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)にすでに見える。垢舐(あかねぶり)とも呼ばれる。
江戸期の図では、足に鉤爪を持つざんぎり頭の童子が、風呂場のそばで長い舌を出した姿に描かれる。石燕の図には解説がなく、いかなる妖怪を意図したかは推測の域を出ない。『古今百物語評判』は、垢ねぶりを古い風呂屋や荒れた屋敷に棲む化物とし、塵や垢の気が集まった場所から化生し、その場の垢を食らうと説く。
玄紀『日東本草図纂』(安永9年/1780年)巻之十二は、垢舐を嬰児に似て目は丸く舌が長いと記し、美人の姿で現れて血肉を舐め取る話や、播州の温泉に通った男が骸になった挿話も載せる。昭和以降の妖怪書は垢嘗を垢ねぶりと同じとみて、夜に風呂場の垢を嘗めるほかは何もしないとする。
名称と語源
垢嘗(あかなめ)の名は、読んで字のとおり「垢」をなめることを示す呼称である。垢には、人間の表皮から剥げ落ちる皮脂や角質のほか、風呂場に蓄積したカビや水垢も含まれ、垢嘗の養分と考えられる。垢には心の穢れや煩悩、余分なものという意味もあることから、風呂を清潔にすることをし忘れるほど穢れを身に溜めこんではいけないという教訓が含まれるとの説もある。この説の唱者は、ここに挙げた文献には名が見えない。この表記は鳥山石燕『画図百鬼夜行』(安永5年/1776年)の図に見え、解説文は一切ない。
異称に垢ねぶりと垢舐(あかねぶり)がある。垢ねぶりは山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)に記され、垢嘗と同一の妖怪の異名とされる。垢舐は玄紀『日東本草図纂』(安永9年/1780年)巻之十二に図入りで紹介される。嘗・舐・ねぶりは垢を口にする所作の表記のゆれで、童子型や獣型を示す別名ではない。これら以外の土地ごとの異名は、ここに挙げた文献に見えない。
姿かたち
鳥山石燕『画図百鬼夜行』(安永5年、1776年)の垢嘗は、足に鉤爪を持つざんぎり頭の童子が、風呂場のそばで長い舌を出した姿で描かれている。図には解説文がなく、どのような妖怪を意図したかは推測の域を出ないとされ、山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)の垢ねぶりを描いたものとする見方がある。
玄紀『日東本草図纂』(安永9年、1780年)巻之十二は垢舐(あかねぶり)を図入りで紹介し、嬰児に似て目は丸く舌が長いと記す。同書は嬰児ではなく美人の女性の姿で現れることもあるとする。歌川芳員『百種怪談妖物雙六』(安政5年、1858年)では、青黒い肌の妖怪として描かれている。
昭和・平成以降の妖怪関連の書籍では、垢嘗も垢ねぶりと同様に解される。正体を見た者はいないとしつつ、名の「垢」からの連想で赤い顔、または全身が赤いともいい、岩井宏實『暮しの中の妖怪たち』(原著1986年)や村上健司編『妖怪事典』(2000年)にその解説がみえる。
性質と弱点
垢嘗は、風呂桶や風呂にたまった垢を嘗め喰うとされる。山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)は、垢ねぶりを古い風呂屋に棲む化物とし、荒れた屋敷などにも潜むと記す。同書によれば、塵や垢の気が集まった場に生じた垢ねぶりは、その場の産物である垢を食らう。水のなかで生まれた魚が水を口にし、シラミが汚れのなかに湧いてその汚れを食べるのと同じだと、同書は説く。
岩井宏實『暮しの中の妖怪たち』(1986年)、同『屋敷の妖怪』(2000年)、村上健司編著『妖怪事典』(2000年)は、垢嘗を古びた風呂屋や荒れた屋敷に棲むものとし、人が寝静まった夜に侵入して風呂場や風呂桶の垢を嘗めると記す。垢を嘗める以外には何もしないとされる。当時の人々は妖怪が現れるだけでも気持ち悪く感じたため、垢嘗が風呂場に来ないよう、風呂場と風呂桶をきれいに洗い、垢をためないよう心がけたと、これらの書は伝える。
玄紀『日東本草図纂』(安永9年、1780年)巻之十二は、垢舐(あかねぶり)が美人の姿で現れて血肉を舐め取り、骸ばかりにすると伝える。播州の温泉に通っていた男が骨ばかりにされて死んだという挿話も、同巻に載る。
伝承・逸話
垢の気からの化生: 山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)は、垢ねぶりが塵や垢の気の集まった場所から、その気(陰気)によって化生すると説く。水のなかで生まれた魚が水を口にし、シラミが汚れのなかに湧いてその汚れを食べるように、垢ねぶりもまた、その生じた場所の産物である垢を食らうという。気の集まる場に生じ、生じた場の垢を食う、という順で語られる。
美人に化けて骸とする垢舐: 玄紀『日東本草図纂』(安永9年、1780年)巻之十二は、垢舐が嬰児ではなく美人の女性の姿で現れることがあると記す。その姿で現れた場合、血肉を舐め取られて骸ばかりにされる、と伝える。垢を嘗める話とは別に、人の血肉を舐め尽くす筋が残されている。
播州の温泉に通った男: 播州の温泉に通っていた男がいた、と『日東本草図纂』巻之十二は挿話を残す。垢舐は美人の姿で現れ、血肉を舐め取る。男はその境遇に遭い、骨ばかりにされて死んだとされる。
夜に風呂場へ入る垢嘗: 昭和・平成以降の妖怪関連の書籍では、垢嘗も垢ねぶりと同様に解釈されている。岩井宏實『暮しの中の妖怪たち』(原著1986年)および『屋敷の妖怪』(2000年)、村上健司編著『妖怪事典』(2000年)にみられる解釈では、人が寝静まった夜に風呂場や風呂桶へ入り、付着した垢を長い舌で嘗める、という筋で語られる。垢を嘗める以外には何もしないとされる。
起源と解釈
定説:垢ねぶりとの同定
昭和・平成の妖怪書は、垢嘗を山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)の垢ねぶりと同様に解釈する。村上健司編著『妖怪事典』(2000年)は垢嘗の項を立てる。岩井宏實は『暮しの中の妖怪たち』(原著1986年)で風呂場の妖怪として扱い、『屋敷の妖怪』(2000年)では屋敷に出る妖怪として解説した。
本草学の位置:所化と理外之理
玄紀『日東本草図纂』(安永9年、1780年)巻之十二は垢舐(あかねぶり)を図入りで載せる。木場貴俊は2018年の論考「「所化」と「理外之理」:『日東本草図纂』巻之十二をめぐって」で、垢舐の図を収める同巻の枠組みを論じた。
少数説:石燕初出と教訓読み
垢嘗の初出を鳥山石燕『画図百鬼夜行』(安永5年、1776年)とする説明もある。この見方は図像名の始まりと話の起源を同一視するが、定説は山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)の垢ねぶりを先行の記録として分ける。垢に心の穢れや煩悩、余分なものの意を重ね、風呂の清潔を忘れるほど穢れを溜めてはならないという教訓を含む、とする説もある。
史料の変遷
本文記録と画題:垢ねぶりの記載は、山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)にみつかる。垢嘗の名が画題として残るのはこれより後で、鳥山石燕『画図百鬼夜行』(安永5年、1776年)の初出ともされる。本文を伴う記録が、画集の名に先立つ形である。
本草と双六:玄紀『日東本草図纂』(安永9年、1780年)巻之十二は、垢舐(あかねぶり)を図入りで紹介する。本草の体裁で異名と図を残した点が、石燕の画集との違いである。幕末には歌川芳員『百種怪談妖物雙六』(安政5年、1858年)が垢嘗を双六の画題に採っている。
近現代の整理:昭和・平成以降、垢嘗は妖怪解説書の項として整理される。岩井宏實『暮しの中の妖怪たち』(原著1986年、河出文庫2000年)および同『屋敷の妖怪』(2000年)、村上健司編著『妖怪事典』(2000年)がそれに当たる。研究面では、木場貴俊が2018年、『雅俗』第17巻で『日東本草図纂』巻之十二の「所化」と「理外之理」を論じ、垢舐の図を含む巻を対象としている。
ゆかりの地
伝承地: 山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)の垢ねぶり項には、国・郡・村の名が無い。社寺・祭礼・碑として訪ね得る土地は、同書からは特定できない。
播州: 玄紀『日東本草図纂』(安永9年/1780年)巻之十二は、垢舐(あかねぶり)の挿話の舞台として播州の温泉を挙げる。播州の温泉に通っていた男の話として地名が残るのみで、湯の固有名も所在の町村も記されない。播州は挿話の舞台として名が出るだけで、垢嘗の常住地として郡や村が伝わる記述ではない。碑や観光施設として現地を訪ねる手がかりは、この記述には無い。
現代の受容
事典での流通:垢嘗の現行の知識は、岩井宏實『暮しの中の妖怪たち』(原著1986年)、同『屋敷の妖怪』(2000年)、村上健司編著『妖怪事典』(2000年)の項を通じて流通する。昭和・平成の受容は、口承の採集記録ではなく、これら解説書の項目という形をとっている。
字面から組み立てた赤い像:昭和以後の解説では、垢嘗の正体を見た者はいないとしつつ、名前の「垢(あか)」からの連想で赤い顔、または全身が赤いともいう。この赤い像は字面に依拠した通念であり、目撃に基づく民俗誌上の定型像ではない。
研究対象:木場貴俊「「所化」と「理外之理」:『日東本草図纂』巻之十二をめぐって」(『雅俗』第17巻、2018年)は、巻之十二に図入りで載る垢舐を「所化」と「理外之理」の論点として論じる。通俗の事典が項を立てるのとは別に、本草の記述が研究史の対象になっている。
出典・参考文献References
- 『古今百物語評判』 山岡元隣 1686垢ねぶりを古い風呂屋や荒れた屋敷に棲む化物とし、塵や垢の気から化生してその場の垢を食らうと説く。
- 『画図百鬼夜行』 鳥山石燕 1776「垢嘗」の図。解説文はなく、垢ねぶりを描いたものとする推測がある。
- 『日東本草図纂』 玄紀 1780巻之十二に垢舐(あかねぶり)を図入りで載せ、嬰児に似て目は丸く舌が長いとし、美人の姿で血肉を舐め取る話と播州の温泉の挿話を記す。
- 『百種怪談妖物雙六』 歌川芳員 1858垢嘗を青黒い肌の妖怪として描く。
- 『暮しの中の妖怪たち』 岩井宏實(河出書房新社) 1986昭和以降の解釈として、垢嘗を風呂場の妖怪として扱う。
- 『屋敷の妖怪』 岩井宏實(河出書房新社) 2000屋敷に出る妖怪として垢嘗を解説する。
- 『妖怪事典』 村上健司(毎日新聞社) 2000垢嘗の項。
- 『「所化」と「理外之理」:『日東本草図纂』巻之十二をめぐって』 木場貴俊(雅俗の会) 2018垢舐の図がある『日東本草図纂』巻之十二の「所化」と「理外之理」を論じる。
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ゆかりの地Places
- 播州『日東本草図纂』に、当地の温泉に通っていた男が垢舐に血肉を舐め取られ骸になった挿話がある。
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よくある質問FAQ
垢嘗はどんな妖怪ですか?
垢嘗は便所に現れ、垢や汚れを舐め取るといわれる妖怪です。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に描かれました。
垢嘗は人に害をなしますか?
一般的には無害とされ、むしろ便所を綺麗にするとも考えられています。
垢嘗の出典は何ですか?
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(1779年)が初出とされます。
垢嘗とは何ですか?
風呂桶や風呂にたまった垢を嘗め喰うとされる妖怪です。名は鳥山石燕『画図百鬼夜行』(1776年)に見え、それより前の山岡元隣『古今百物語評判』(1686年)には異名の垢ねぶりが記されています。
垢嘗の初出文献は何ですか?
名称「垢嘗」の初出は鳥山石燕『画図百鬼夜行』(安永5年/1776年)とされます。同一の化物とされる垢ねぶりは、山岡元隣『古今百物語評判』(1686年刊)にすでに記載があります。
垢嘗は人を害しますか?
『古今百物語評判』の垢ねぶりは生じた場所の垢を食らうと説かれ、昭和以降の解説でも垢を嘗めるほかは何もしないとします。『日東本草図纂』には、美人の姿で現れて血肉を舐め取り、播州の男が骸になった話もあります。
最終更新: · 編集: 百鬼編集室

