小豆洗い

あずきあらいazuki-arai

小豆洗いは、川や谷で小豆を洗う音を立てる日本の妖怪。

イメージ画(当サイト制作)
分類
水の怪
分布
全国
出没
川辺・谷・山中
弱点・対処
音に気をとられない
主な初期記録
『白河風土記』(1805)

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解説Overview

小豆洗いは、川で小豆を洗うといわれる妖怪である。出没は山梨県笛吹市境川の藤垈の滝付近、新潟県糸魚川、秋田・群馬・京都・東京・愛媛など全国にわたり、広島・山口・愛媛の一部では小豆とぎ、岩手県雫石では小豆アゲ、因幡では小豆こし、香川県坂出では小豆ヤロなどと呼ぶ。

姿を見たとする伝えは少ない。茨城県や佐渡島では背が低く法師姿で笑いながら洗い、見ると娘が早く縁づくという。大分県では「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌い、音に気をとられると川へ落とされるともいい、群馬県邑楽町や島根県では人をさらうとも伝える。

『白河風土記』(1805年)巻四は、鶴生の奥地・高助の山中で炭窯に近づきサクサクと小豆を磨ぐ怪を小豆磨と呼ぶ。『絵本百物語』「小豆あらい」は越後国高田の小僧日顕の霊が川で洗う由来を載せ、柳田國男『妖怪談義』の「アズキトギ」は別名を小豆洗い・小豆ささらとする。正体を『譚海』はムジナ、『耳嚢』はガマガエルとし、土地によりイタチ・キツネ・タヌキともいう。

名称と語源

小豆洗い(あずきあらい)は、川で小豆を洗うといわれる妖怪の呼称である。村上健司『妖怪事典』(2000年)はこの名を項目に掲げ、出没地が全国に及ぶため別称も多いと記す。江戸期の表記は揺れ、竹原春泉画『絵本百物語』(1841年)は「小豆あらい」とし、陸奥国白河藩『白河風土記』文化2年(1805年)巻四は鶴生(現・福島県西白河郡西郷村)奥地・高助の山中の怪を小豆磨(あずきとぎ)と呼ぶ。

柳田國男『妖怪談義』(1956年)は「アズキトギ」を見出しに、別名を小豆洗い・小豆ささらとする。洗う・とぐ・ささらが並ぶのは、豆を研ぐ動作と音が名の核であることを示す。

広島県世羅郡、山口県美祢郡(現・美祢市)、宇部市、愛媛県広見町(現・鬼北町)などでは小豆とぎ、岩手県雫石村(現・雫石町)では小豆アゲ、長野県長野市川中島では小豆ごしゃごしゃ、山梨県北巨摩郡では小豆そぎ、鳥取県因幡地方では小豆こし、岡山県都窪郡および阿哲郡(現・新見市)では小豆さらさら、香川県坂出地方では小豆ヤロと呼ばれる。広見町では砂洗いともいい、東京都檜原村では小豆あらいど(あずきあらいど)という。ごしゃごしゃ・さらさら・そぎは研ぎ音を名にした型、ヤロは男称、砂洗いは洗う対象を砂へ移した型である。

岡山県赤磐郡(現・岡山市)の小豆洗い狐(あずきあらいぎつね)は狐を名に残す獣型、ひたちなか市勝田地区のあずきばあさんは洗う主体を老婆とする呼称で、話者によっては小豆洗いの妻と解された。

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姿かたち

陸奥国白河藩の『白河風土記』(文化2年、1805年)巻四は、鶴生の奥地・高助の山中で炭窯に近づく小豆磨について、夜中にサクサクと小豆を磨ぐ音はしても、外に出て見れば何者も無いと記す。大分県でも、洗う音は聞こえても姿を見た者はいないと伝える。

村上健司『妖怪事典』によれば、茨城県や佐渡島でいう小豆洗いは、背が低く目の大きい法師姿で、笑いながら小豆を洗っているという。愛媛県松山市では明治初期、川の洗い場に五十歳ほどの女性が小豆と米を洗っていたと伝え、茨城県ひたちなか市勝田地区では「あずきばあさん」と呼ばれ、老婆が洗っていると認識された。

江戸期の図像として残るのは竹原春泉画『絵本百物語』の「小豆あらい」で、越後国高田の小僧・日顕の霊が川で小豆を洗う姿が描かれた。水木しげるは漫画でこの図を模して継承し、「ショキショキ」という擬音を添えた。柳田國男『妖怪談義』の「アズキトギ」項が掲げる「ショキショキ」は、信州北佐久郡の井で白装束の荒神が米を研ぎつつ歌う文句であり、小豆洗い自身の図像ではない。

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性質と弱点

小豆洗いは、川や谷で小豆を洗う音を立て、ときに歌を伴う。文化2年(1805年)の『白河風土記』巻四は、陸奥国白河藩の鶴生の奥地・高助で、炭窯に宿泊する者が夜中に小豆を磨ぐ怪を聞くと記す。竹原春泉画『絵本百物語』(1841年)の「小豆あらい」項は、夕暮れ時に近くの川で小豆を洗うことを記す。大分県では川のほとりで「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら洗うと伝える。長野県松本市では、木を切り倒す音や赤ん坊の泣き声をたてたという。

害は、人をさらうことと、音で川へ誘導することである。群馬県邑楽郡邑楽町や島根県では人をさらうものといい、松江城近くの普門院そばの「小豆研ぎ橋」では、謡曲「杜若」を歌うと厄災が起きると伝える。大分県では、その音に気をとられると知らないうちに川べりへ誘導され落とされるといい、対処は音に気をとられないことである。村上健司『妖怪事典』(2000年)はこれらの害と禁忌を各地の伝承として掲げる。

一方、茨城県や佐渡島では縁起の良い妖怪とされ、笑いながら小豆を洗っているのを、娘を持つ女性が小豆を持って谷川へ出て目にすると、娘が早く縁づくという。

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伝承・逸話

小僧日顕の由来譚: 江戸時代の奇談集『絵本百物語』(竹原春泉画)の「小豆あらい」は、越後国高田(現・新潟県上越市)の法華宗の寺にいた日顕という小僧の話を載せる。日顕は体に障害を持っていたが、物の数を数えるのが得意で、小豆の数を一合でも一升でも言い当てた。和尚はいずれ住職を継がせようと可愛がった。それを妬んだ円海という悪僧が、小僧を井戸に投げ込んで殺した。以来、小僧の霊が夜な夜な雨戸に小豆を投げつけ、夕暮れ時には近くの川で小豆を洗って数を数えるようになった。円海は後に死罪となり、日顕の死んだ井戸では日顕と円海の霊が言い争う声が聞こえるようになったと、同書は記す。

小豆あらいどの投身譚: 東京都檜原村では小豆あらいどといい、ある女が小豆に小石が混ざっていたと姑に叱られ、川に身を投げた。それ以来、その川から小豆をとぐ音が聞こえるようになったと伝える。

洗い場の女: 愛媛県松山市では、明治初期、川の洗い場に五十歳ほどの女性が小豆と米を洗っていた。そのため誰も洗濯に寄らず、その女はやがて死に去ったという。

落城前日の姫君: 茨城県那珂郡額田地区では、小豆洗いを女性とする。四百年以上前、額田佐竹氏が太田の佐竹本家と江戸氏の連合軍に攻め立てられて落城する前日、城主の父は出陣して帰らぬ旅路についた。姫君は出陣祝いの小豆飯を炊いて進ぜたとされ、小豆洗いはその姿であるという。村上健司『妖怪事典』(2000年)は各地の伝承を事典形式で記す。

あずきばあさん: ひたちなか市勝田地区には近代まで「あずきばあさん」と呼ばれる伝承があり、話者によっては小豆洗いの妻と解釈されたが、老婆が洗っていると認識された。

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起源と解釈

各地で小豆洗いの正体を小動物とする伝承がある。新潟県刈羽郡小国町(現・長岡市)ではイタチが尻尾で小豆の音を立てるとし、岡山県赤磐郡(現・岡山市)では小豆洗い狐、京都府北桑田郡美山町(現・南丹市)ではシクマ狸、広島県ではカワウソとされる。津村淙庵『譚海』(1795年)はムジナ、根岸鎮衛『耳嚢』はガマガエルを正体とし、村上健司『妖怪事典』(2000年)はこうした正体譚を項目に記す。

少数説に昆虫と地形の音響がある。江戸期に知られた小豆洗虫を、多田克己は『幻想世界の住人たち IV』(1990年)でチャタテムシと同定する。梅谷献二『虫の民俗誌』は、チャタテムシが障子の澱粉質を食べるときに翅を動かし、その音が障子と共鳴して小豆を洗う音に似ると述べる。新潟県糸魚川近辺では小砂利浜を歩くザクザクという音が研ぎ音に似るため伝承の元になったともいい、山形県西置賜郡白鷹町では小川の水が小豆の音に聞こえると伝える。山渓の洞窟が発する音響を神のしわざとした、という一般的な説明もある。

研究史では、柳田國男『妖怪談義』(1956年)の「アズキトギ」項が、信州北佐久郡の井戸で荒神が米を研ぎ「ショキショキ」と歌う伝承を掲げる。この「ショキショキ」は研ぎ音ではなく歌文句であり、小豆洗いの音そのものではない。柳田は同時に文化2年(1805年)の『白河風土記』巻四を引き、福島のアズキトギを示している。

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史料の変遷

近世後期の随筆が、小豆洗いを聞き書きとして残した。津村淙庵『譚海』(1795年)と根岸鎮衛『耳嚢』がそれで、地誌に名が載るのは文化2年(1805年)の陸奥国白河藩『白河風土記』巻四である。同書は鶴生(つりう、現・福島県西白河郡西郷村大字)の奥地・高助の山中の記事で、この怪を「小豆磨」と呼ぶ。

竹原春泉画の奇談集『絵本百物語』(1841年)は「小豆あらい」の項を立て、越後国高田(現・新潟県上越市)に舞台をとる由来譚と図を添えた。

柳田國男『妖怪談義』(1956年)は「アズキトギ」の項を立て、『白河風土記』を引く。同項が掲げる信州北佐久郡の井の話は、白装束の荒神が米を研ぐ伝承であり、小豆洗いの音の記録ではない。昭和期の口承は『新潟県史』資料編22民俗1(1982年)と『大分県史』民俗篇(1986年)に収められた。

多田克己『幻想世界の住人たち IV』(1990年)は、江戸期に知られた小豆洗虫をチャタテムシと同定した。同氏編『竹原春泉 絵本百物語 桃山人夜話』(国書刊行会、1997年)は春泉本を校訂し、村上健司『妖怪事典』(2000年)は各地の呼称と伝承を事典の項目として整理する。

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ゆかりの地

山梨県笛吹市境川の藤垈の滝付近は、村上健司『妖怪事典』(2000年)が出没地に挙げる谷で、滝と川が現存する。島根県松江城の近く、普門院のそばには「小豆研ぎ橋」があり、同書はこの橋に謡曲「杜若」を歌うと厄災が起きるという伝えを記す。東京都檜原村は小豆あらいどの伝承を残す山村、新潟県糸魚川は出没地の一つとして海岸の小砂利浜が残る。

陸奥国白河藩の『白河風土記』(文化2年、1805年)巻四は、現・福島県西白河郡西郷村大字鶴生の奥地・高助を、炭窯のあった山中として記す。越後国高田(現・新潟県上越市)は、竹原春泉画『絵本百物語』(1841年)「小豆あらい」の舞台となった城下で、法華宗の寺が話の場である。

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現代の受容

水木しげるは、竹原春泉画『絵本百物語』(1841年)の「小豆あらい」図像を模したものを漫画で継承し、擬音語を加えた。小豆洗いが「ショキショキ」と洗うという設定は、水木の作画にとどまらず妖怪の参考書にも紹介される。

その原典とされる柳田國男『妖怪談義』(1956年)の「アズキトギ」項をみると、実際は信州北佐久郡の某地の井で白装束の荒神が米を研ぐ伝承であり、「ショキショキ」は研ぎ音ではなく歌文句とされる。荒神は「お米とぎやしょか人取ってくいやしょかショキショキ」と歌いつつ、研ぐ米を井に落とす。漫画で定着した擬音のキャラクター像と、柳田が掲げる民俗学上の話型は一致しない。昭和期に発表された伝承では、出現場所に土管や暗渠溝の奥深くといった近代建築物が含まれる。境港市観光協会の頁にも小豆洗いが紹介される。

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出典・参考文献References

  1. 『白河風土記』 1805
    巻四。陸奥国白河藩鶴生の奥地・高助の山中で、炭窯に近づき夜中にサクサクと小豆を磨ぐ怪を小豆磨と呼ぶ。
  2. 『絵本百物語』 竹原春泉 1841
    「小豆あらい」項。越後国高田の小僧日顕が悪僧円海に殺され、霊が川で小豆を洗って数える由来譚と図像。
  3. 『譚海』 津村淙庵 1795
    小豆洗いの正体をムジナとする。
  4. 『耳嚢』 根岸鎮衛
    小豆洗いの正体をガマガエルとする。
  5. 『妖怪談義』 柳田國男(修道社) 1956
    「アズキトギ」項。別名を小豆洗い・小豆ささらとし、信州北佐久の荒神が米を研ぐ歌と、白河風土記のサクサク音を掲げる。
  6. 『妖怪事典』 村上健司(毎日新聞社) 2000
    小豆洗いの項目。各地の呼称と伝承を事典形式で記す。
  7. 『幻想世界の住人たち IV』 多田克己(新紀元社) 1990
    江戸期に知られた小豆洗虫を、現代のチャタテムシと同定する。

ランキング順位Rankings

ゆかりの地Places

  • 藤垈の滝(山梨県)笛吹市境川の藤垈の滝付近は、小豆洗いの出没地として挙げられる。
  • 鶴生(福島県西白河郡西郷村)『白河風土記』巻四が、奥地の高助の山中で小豆磨の怪を記す。
  • 高田(新潟県上越市)『絵本百物語』「小豆あらい」の舞台。法華宗の寺の小僧日顕の由来譚。
  • 小豆研ぎ橋(島根県)松江城近くの普門院そば。謡曲「杜若」を歌うと厄災が起きるという。
  • 檜原村(東京都)小豆あらいどといい、姑に叱られた女が身を投げた川からとぐ音が聞こえるという。
  • 糸魚川(新潟県)出没地として挙げられ、小砂利浜を歩く音が研ぐ音に似るとの説明もある。

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よくある質問FAQ

小豆洗いはどこで聞こえる?

主に関東・中部地方の山間部や川辺で、小豆を洗うような音が聞こえるとされる。

小豆洗いの正体は?

狸や狐の仕業とする説や、川の音を妖怪と結びつけた説があるが、はっきりしない。

小豆洗いの音を聞くとどうなる?

不幸が訪れるという言い伝えがあり、その場を去るのが良いとされる。

小豆洗いの別名は?

広島県世羅郡や山口県美祢・宇部、愛媛県広見町などでは小豆とぎ、岩手県雫石では小豆アゲ、長野市川中島では小豆ごしゃごしゃ、鳥取県因幡では小豆こし、香川県坂出では小豆ヤロと呼ぶ。広見町では砂洗いともいう。

小豆洗いの正体は何か?

新潟・長野・大分・福島ではイタチ、岡山や伊那・上野原ではキツネ、京都美山や香川ではタヌキ、広島ではカワウソとする土地がある。『譚海』はムジナ、『耳嚢』はガマガエルとし、多田克己は小豆洗虫をチャタテムシと見る。

『絵本百物語』の小豆あらいとは?

越後国高田の法華宗の寺にいた小僧日顕が、小豆の数を言い当てる才を妬んだ悪僧円海に井戸へ投げられて死に、霊が雨戸へ小豆を投げ、夕暮れの川で小豆を洗って数えるようになったという。

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最終更新: · 編集: 百鬼編集室