百々目鬼

どどめきdodomeki

百々目鬼(どどめき)は、鳥山石燕『画図百鬼夜行』に描かれた、両腕に無数の鳥の目がついた妖怪。

イメージ画(当サイト制作)
分類
女の怪
分布
伝承地なし
出没
絵画上のみ
弱点・対処
記述なし
主な初期記録
『今昔画図続百鬼』(1779)

5 出典 · 4,092 字 · 最終更新

解説Overview

百々目鬼(どどめき、とどめき、どうめき)は、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』に描かれた、腕にいくつもの目のある女の姿の妖怪である。石燕の解説は『函関外史』を引き、手の長い女が人の銭を盗み、腕に百鳥の目を生じたのを鳥目の精として百々目鬼と名づけたと記す。一説にどどめきは東都の地名ともいう。

銅銭の穴が鳥の目に似ることから銭を鳥目と呼ぶ。百目鬼・百目貫・百目木などと書いてどどめき・どうめきと読む地名が各地にあり、銭の異名と地名から石燕が描いた創作と解釈されている。『函関外史』と同時代の草双紙での登場は確認されておらず、書名も石燕の遊びである可能性がある。

石燕以外に同じ情報の江戸絵画は見当たらない。妖怪かるたの「土佐の山越えのどど目鬼」や、百々眼鬼と記した肉筆画は体に目が多い点以外の共通点がない。石燕の読みはどどめきだが、昭和以降はとどめきとすることが多く、腕の目はかすめ取った銭が張りついて変化したとする解説が広まった。

名称と語源

百々目鬼は、どどめき、とどめき、どうめきと読まれる。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』の解説は『函関外史』の言として、手長くしてつねに人の銭をぬすむ女の腕に百鳥の目が生じたのを鳥目の精とし、名づけて百々目鬼と云うと記す。これは盗癖のある女の腕に、盗んだ鳥目の精が鳥の目となって現れたのでそう呼んだ、との意味である。同文は一説にどどめきは東都の地名ともいう、と付す。

銅銭は中央の穴が鳥の目を髣髴とさせるところから鳥目という。百目鬼、百目貫、百目木などと書いてどどめき、どうめきと読む地名が日本各地にあるため、この名は銅銭の異名と地名の用字から石燕が連想したとする解釈がある。金銭の俗称「おあし」から「足が付く」という洒落で描かれたとする考えもある。

石燕の名称表記は「どどめき」である。昭和以降の妖怪書では「とどめき」を用いる例が多い。かるたには「とさの山ごへのどど目鬼」があり、肉筆画には「百々眼鬼」の名も確認できる。百々眼鬼をどどめきと読むかは不明である。

出典: 〔1〕〔5〕

姿かたち

鳥山石燕『今昔画図続百鬼』は、百々目鬼を腕にいくつもの目のある女の姿として描く。同図の解説文は、ある女生れて手長くして、腕に百鳥の目を生ず、と記す。

石燕以外の江戸時代の絵画に、全く同様の情報を持った百々目鬼が描かれている例はない。同時代の書物や草双紙に百々目鬼が登場した例も確認されていない。出版されていた妖怪かるたには「とさの山ごへのどど目鬼」(土佐の山越えのどど目鬼)という札があり、腕や頭に目が数多くある絵が描かれている。石燕の図と解説は目を腕に置くが、この札は頭にも目を配する。読み方が「どどめき」であるのかは不明であるが、「百々眼鬼」という名前が描かれた肉筆画も確認できる。いずれも体に多くの目を持つ妖怪ではあるが、それ以外の共通点はない。

昭和以降の妖怪をあつかった書籍では、腕にある数多くの目は、百々目鬼がかすめとっていた銭が腕に貼りついて目に変化したものである、という解説がよくされるようになった。

出典: 〔1〕〔2〕〔5〕

性質と弱点

百々目鬼の働きとして詞書が残すのは、人の銭を盗むことである。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』の解説は、盗癖のある女がぬすんだ鳥目、すなわち金銭の精が腕に鳥の目となって現れた、との意味である。石燕の詞書は「是鳥目の精也」と記し、盗んだ銭の精がこの怪の本性であると示す。好む対象として記されるのは人の銭である。銭以外の財や命を求める記述はない。人への害も金銭を奪うことにとどまり、殺傷や病を与えることは記されていない。

報恩や守護の働きは見えない。同時代の書物や草双紙に百々目鬼が登場した例は確認されておらず、人を助けた話、家に福を置いた話は伝わらない。絵画の解説以外に、この怪が家へ入る手順や、盗んだあとの報いを述べた話も見当たらない。出会ったときの禁忌や追い払いの法は、石燕の図と解説の外には残っていない。

弱点と対処についても記述はない。稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕 画図百鬼夜行』が収める詞書は封じ方を示さない。昭和以降の解説に多い、かすめとっていた銭が腕に貼りついて目に変化したという説明も、盗んだ銭の扱い方や腕の目への処法には及ばない。

出典: 〔1〕〔2〕〔5〕

伝承・逸話

函関外史の盗女: 鳥山石燕『今昔画図続百鬼』の解説は、『函関外史』の言として次の順で記す。ある女が生まれて手が長い。その手でつねに人の銭を盗む。たちまち腕に百鳥の目が生じる。これを鳥目の精であるとし、名づけて百々目鬼という。詞書は、外史は函関以外の事を記した奇書である、と続け、一説にどどめきは東都の地名ともいう、と添える。女の住んだ土地や、盗みの場、目が生じた日時は詞書に無い。同時代の書物や草双紙にこの筋の再話は確認されておらず、『函関外史』という書物も確認されていない。

土佐の山越えのどど目鬼: 出版されていた妖怪を題材にしたかるたに、「とさの山ごへのどど目鬼」(土佐の山越えのどど目鬼)という札がある。札は、土佐で山を越える場にこの名の怪を置く。絵は腕や頭に目が数多くある姿を描く。山を越える者が怪に会う、という運びも、銭を盗む女が腕に百鳥の目を生ずる、という石燕の詞書の運びも、札の文面からは辿れない。体に多くの目を持つ点以外に、共通する話の筋はない。

百々眼鬼: 「百々眼鬼」という名を記した肉筆画が確認できる。読みが「どどめき」であるかは不明とされる。体に多くの目を持つ点は石燕図および土佐のかるたと重なる。銭を盗む女が腕に目を生ずる経緯も、鳥目の精とする結びも、東都の地名とする一説も、この画からは確認できない。

銭の貼りつき: 昭和以降の妖怪を扱った書籍では、腕の多くの目は、百々目鬼がかすめとっていた銭が腕に貼りついて目に変化した、とする解説がよくされるようになった。石燕の詞書は、盗んだのちたちまち腕に百鳥の目を生ず、是鳥目の精也、と結ぶ。後の解説は、盗みのあと目が生じる、という順を保ちつつ、変化の過程を銭そのものが腕に貼りつく話として語り直す。土地の名を冠した再話ではない。

出典: 〔1〕〔5〕

起源と解釈

通説: 百々目鬼の起点は、鳥山石燕『今昔画図続百鬼』の図と詞書である。詞書が依拠した『函関外史』は確認されておらず、同時代の書物や草双紙に百々目鬼が登場した例も知られていない。銅銭の中央の穴が鳥の目を髣髴とさせるところから鳥目という熟語があり、百目鬼・百目貫・百目木などと書いてどどめき・どうめきと読む地名が日本各地にある。後世の整理は、この銅銭の異名と地名の文字とを石燕が連想して描いた創作妖怪とみる。この解釈は、詞書の説話を古来の民間伝承として扱うものではない。

詞書の出典: 詞書の「函外以外」には箱根から先という左傍訓が付き、函は箱根、関は関所を意味すると明示されている。奇書という語があえて入っている点も含め、『函関外史』という出典の存在自体が石燕による遊びの創作である可能性もある。石燕は一説として、どどめきを東都の地名ともいう、と記す。

少数説: 金銭を「おあし」と俗称することから、「足が付く」という洒落で描かれた妖怪ではないか、とも考えられている。通説が銭の異名と地名の文字の連想を軸とするのに対し、この説は俗称の洒落に着想を置く。

出典: 〔1〕〔5〕

史料の変遷

画集の条:鳥山石燕『今昔画図続百鬼』は、百々目鬼を図と解説文とともに掲げる。石燕が示した読みは「どどめき」である。

近世の傍証:出版されていた妖怪かるたに、「とさの山ごへのどど目鬼」(土佐の山越えのどど目鬼)の札がある。「百々眼鬼」と記した肉筆画も確認されるが、読みが「どどめき」であるかは不明である。

昭和・平成の解説:昭和以降の妖怪をあつかった書籍では、「とどめき」という表記が名前に使われることが多い。腕の目については、かすめとっていた銭が腕に貼りついて目に変化した、とする解説がよくされるようになった。

現代の事典:稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕 画図百鬼夜行』は石燕四部作を翻刻し、『今昔画図続百鬼』の当該図と詞書を収める。村上健司『妖怪事典』および『日本妖怪大事典』に「百々目鬼」の項がある。小学館『デジタル大辞泉プラス』の百科項目「百々目鬼」はコトバンクで公開されている。

出典: 〔1〕〔2〕〔3〕〔4〕〔5〕

ゆかりの地

伝承地: 村名・社寺・祭礼・碑など、所在を特定できる百々目鬼の伝承地は、鳥山石燕『今昔画図続百鬼』の図と解説に現れない。訪ね得る土地はない。

東都: 同図の解説は、どどめきを東都の地名とする一説を記す。町名・社寺・通りの固有名は残さない。東都を所在地つきの伝承地として訪ねることはできない。

土佐: 出版されていた妖怪かるたに「とさの山ごへのどど目鬼」(土佐の山越えのどど目鬼)という札がある。峠・社寺・碑の固有名はなく、土佐をゆかりの地として訪ねる根拠にはならない。

箱根: 詞書の「函関以外」には「はこねからさき」という左傍訓がつき、函は箱根、関は関所を意味する。箱根は出典の地理的な注記であり、百々目鬼の伝承地ではない。

出典: 〔1〕〔5〕

現代の受容

事典の項:村上健司『妖怪事典』(2000年)と『日本妖怪大事典』(2005年)は「百々目鬼」の項を立てる。小学館『デジタル大辞泉プラス』も百科項目として掲げる。文学・漫画・アニメ・遊戯・広告・観光・商品での扱いを作品名と年で記す記述は、これらの出典に示されていない。

昭和以降の解説:昭和以降の妖怪をあつかった書籍では、「とどめき」という表記が名前に使われることが多い。腕にある数多くの目は、百々目鬼がかすめとっていた銭が腕に貼りついて目に変化したものである、という解説がよくされるようになった。

像:昭和・平成の書籍が流通させたのは、とどめきの名と、銭が腕に貼りついて目へ変わる話型である。土地の口承に根ざした民俗学上の定型ではなく、図鑑の一項目として固定されたキャラクターの像である。稲田篤信・田中直日『鳥山石燕 画図百鬼夜行』(1992年)が翻刻して示すのは画集の図と詞書であり、後世の解説とは層を異にする。

出典: 〔2〕〔3〕〔4〕〔5〕

出典・参考文献References

  1. 『今昔画図続百鬼』 鳥山石燕 1779
    「百々目鬼」の図と解説。手の長い女が銭を盗み腕に百鳥の目を生じたのを鳥目の精とし、一説にどどめきは東都の地名と記す。
  2. 『鳥山石燕 画図百鬼夜行』 稲田篤信・田中直日(国書刊行会) 1992
    石燕四部作の翻刻。『今昔画図続百鬼』の百々目鬼図と詞書を収める。
  3. 『妖怪事典』 村上健司(毎日新聞社) 2000
    「百々目鬼」の項。
  4. 『デジタル大辞泉プラス』 小学館(小学館)(2026-09-20)
    百科項目「百々目鬼」。
  5. 『百々目鬼』(2026-09-20)
    石燕の解説文を引用し、鳥目と地名からの創作とする解釈、類似のかるた・肉筆画、昭和以降のとどめき表記を整理する。

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ゆかりの地Places

  • 東都(江戸)石燕の解説に、どどめきは東都の地名とする一説がある。
  • 土佐妖怪かるたに「土佐の山越えのどど目鬼」の札がある。腕や頭に目が多い絵で、石燕の百々目鬼とはそれ以外の共通点はない。

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よくある質問FAQ

百々目鬼は何を表す妖怪ですか?

鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に描かれた、両腕に無数の鳥の目を持つ女の姿の妖怪です。由来を説明する同時代の文章は残っていません。

百々目鬼の伝承はどこにありますか?

特定の地域に伝わる話はほとんど確認されておらず、江戸期の絵画資料を出発点とする妖怪です。

百々目鬼とは何ですか?

鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』に描かれた、腕にいくつもの目のある女の姿の妖怪です。解説では銭を盗む女の腕に鳥目の精が目となって現れたとし、銅銭の異名と地名から石燕が描いた創作と解釈されています。

百々目鬼の読み方は?

石燕の図では「どどめき」と記されています。どうめきという呼びもあり、百目鬼・百目貫・百目木などと書いてどどめき・どうめきと読む地名とも重なります。昭和以降の妖怪書では「とどめき」とする例が多くあります。

腕の目は何を表していますか?

石燕の解説では、盗んだ銭すなわち鳥目の精が、鳥の目となって腕に無数に現れたとしています。銅銭の穴が鳥の目に似ることから銭を鳥目と呼びます。昭和以降は、かすめ取った銭が腕に張りついて目に変化したとする説明がよく見られます。

『函関外史』は実在しますか?

確認されていません。石燕が「函関以外の事をしるせる奇書」として引いていますが、本文の「函」には箱根から先という傍訓があり、書名自体が石燕の遊びである可能性も指摘されています。

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最終更新: · 編集: 百鬼編集室