姑獲鳥
姑獲鳥(うぶめ)は、産褥で死んだ女の霊が鳥と化したとされる妖怪で、夜に産衣を求めて現れると伝わる。

- 分類
- 動物の怪
- 分布
- 荊州・九州・茨城
- 出没
- 夜間の空・人家
- 弱点・対処
- 強者が子を負う
- 主な初期記録
- 『玄中記』(3–4世紀)
解説Overview
姑獲鳥(こかくちょう、うぶめ)は、中国の伝承上の怪鳥である。郭璞『玄中記』(3–4世紀)は鬼神の一種とし、夜間に飛んで幼児を害し、鳴き声は幼児に似ると記す。荊州に多く、毛を着ると鳥、脱げば女になる。他人の子を奪い、夜干しの子供の着物に血で印をつけ、その子は驚癇と無辜疳を併発するという。
名は『拾遺記』に見え、乳母鳥・夜行遊女・天帝少女・無辜鳥・隠飛・鬼鳥などの異名がある。『酉陽雑俎』は出産で死んだ妊婦の化身とし、『本草綱目』所引の『玄中記』にも亡妊婦の甦り説がある。李時珍は雌のみ、旧暦七・八月に飛び、毒を持つとした。
『和漢三才図会』はこれを転載し、西国のウバメドリに触れる。九州ではカモメに似て小雨の闇夜に現れ、燐火を伴い、婦人に化けて子を負うてくれと請う。拒めば悪寒・高熱で死に至らせ、引き受ければ害はない。茨城県では夜干しの着物に乳で印をつけるウバメトリの伝えがある。江戸初期、産女と同一視され、「姑獲鳥」を「うぶめ」と読むようになった。
名称と語源
姑獲鳥は漢音でこかくちょうと呼ばれ、中国語音は Guhuoniao である。この名は王嘉の『拾遺記』に見える。異名には乳母鳥、夜行遊女、天帝少女、無辜鳥、隠飛、鬼鳥、譩譆(いき)、鉤星(鈎星)があり、乳母鳥・無辜鳥は子に、夜行遊女・天帝少女は女に、鬼鳥は怪鳥に寄せた名である。英訳に「wench bird」(端女鳥、あばずれ女鳥)を充てる例があり、「獲」の訳出が抜け落ちているとの指摘とともに、代理母に成り代わろうとして狩る鳥との意訳も見える。
寺島良安『和漢三才図会』(1712年)は、明代の本草書である李時珍『本草綱目』第49巻を転載し、姑獲鳥に「ウバメドリ」の訓を付した。西国では九州の呼称として用いられ、茨城県では「ウバメトリ」とも呼ばれる。
江戸時代初頭、日本の産女が中国の姑獲鳥と同一視され、「姑獲鳥」と書いて「うぶめ」と読む用法が生じた。木場貴俊『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(2020年)は、この近世における表記と読みの混同の経緯を詳述する。
姿かたち
郭璞の『玄中記』(3〜4世紀)は、姑獲鳥を中国の荊州に多く棲息する夜間の怪鳥とし、毛を着ると鳥の姿になり、毛を脱ぐと女性の姿になると記す。鳴き声は幼児に似るという。姿の転換は着脱する毛にかかっており、常に一つの獣形や女形に固定されてはいない。
『和漢三才図会』は『本草綱目』を転載したうえで西国の伝承に触れ、九州では姑獲鳥(ウバメドリ)かその類をカモメに似た鳥とし、鳴き声もそれに近いとする。小雨の降る闇夜に忽然と現れ、そのいる場所には燐火があるといい、婦人に化けて子を伴う姿も同書が付している。
李時珍の『本草綱目』第49巻は、この鳥を雌のみで雄はいないとする。1931年の『頭註國譯本草綱目』第11冊では、鈴木真海訳の欄外に魚類学者木村重の所見としてフクロウ科ではないかと付記されている。『本草綱目』のUnschuld英訳本体は学名を空欄とするが、付属する事典はヨタカとする。
性質と弱点
郭璞撰『玄中記』などによれば、姑獲鳥は鬼神の一種であって、よく人の魂や魄を抜き取り、生命を奪うとされる。夜間に飛行して幼児を害し、他人の子供を奪って自分の子とする習性がある。子供の着物や夜干しされた子供の着物を発見すると血で印をつけ、付けられた子供は驚癇と無辜疳(むこかん)を併発するという。害の対象は幼児に置かれ、血の印が病のきっかけとして記される。
李時珍は明代の本草書『本草綱目』第四十九巻に自身の所見を記し、姑獲鳥は雌のみで雄はいないとし、旧暦の七月と八月に飛んで人に悪さをし、相当な毒を持つとした。
『和漢三才図会』は江戸期の百科事典であり、西国の伝えに触れる。姑獲鳥かその類が婦人に化け、子をともなって人間に近寄ってきて、子を負うてくれと請願すると記す。小雨の降る闇夜に忽然とあらわれるという。怖がって逃げるとこれを憎み、悪寒や高熱を生じさせ、相手を死に至らせることもある。強剛な者が頼みを引き受けて子を負えば、危害はくわえられないとされる。逃げることは憎まれ、子を負うことは害を免れる対処として記される。
伝承・逸話
血印の夜干し:夜、人家の外に子供の着物が干される。郭璞撰『玄中記』(3〜4世紀)によれば、中国の荊州に多い姑獲鳥は、子供そのもの、あるいは夜干しされた子供の着物を見つけると、血で印をつける。印は、その子を自分の子とするための標識として語られる。印を付けられた子供は、驚癇と無辜疳という病を同時に発するという。
亡産婦の化鳥:妊婦が出産のときに死ぬ。その女がふたたび動き、鳥となって夜を飛ぶ。唐代の『酉陽雑俎』は、姑獲鳥を出産で死んだ妊婦が化けたものとする。『本草綱目』第49巻が引く郭璞(324年没)の『玄中記』にも、亡妊婦の甦り説がある。甦った女は夜間に飛び、幼児の側へ来る、と両書は記す。
西国の負子:寺島良安『和漢三才図会』(1712)は『本草綱目』を転載したうえで、日本の西国の伝承に触れる。九州の人によれば、姑獲鳥(ウバメドリ)かその類はカモメに似て、鳴き声も似る。小雨の降る闇夜に忽然と現れ、その鳥のいる場所には燐火がある。鳥は婦人に化け、子をともなって人に近づき、子を負うてくれと請願する。怖がって逃げた者にはこれを憎み、悪寒や高熱を生じさせ、死に至らせることもある。強剛な者が頼みを引き受けて子を負えば、危害は加えられない。
茨城の乳印:茨城県には、『玄中記』の血印に似た話がある。夜、子供の着物が外に干される。ウバメトリ(姑獲鳥)が現れ、それを自分の子の着物だと思い、目印として乳を搾りかける。干した着物に乳が付き、その乳の毒が衣に残る、と伝える。中国の姑獲鳥が由来とされる。
起源と解釈
姑獲鳥の起源は、古典の統合、産死者の化生、知識人を介した渡来の三点に整理できる。第一は統合説で、東晋の干宝(336年没)が『捜神記』に記した羽衣女と、『楚辞』の神女・女岐(じょき)という、もともと別系統の記述が一つにまとまったものと見られている。女岐を女媧の異形とする向きもある。第二は化生説で、出産で死んだ妊婦の再来とする説明は唐代の『酉陽雑俎』に見え、郭璞(324年没)の『玄中記』にも亡妊婦の甦りがすでに記され、李時珍は『本草綱目』第49巻でその郭璞説を引く。『周礼』に庭氏が救日の弓・救月の弓をもって夭鳥を射るとある記事を、この鳥に充てる説もある。
第三は渡来と同一視である。江戸時代初頭、産婦にまつわる「産女」が中国の姑獲鳥と重ねられ、「姑獲鳥」の字に「うぶめ」の訓が付いた。木場貴俊『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(2020年)は、この同一視が近世の怪異文化のなかで成立した経緯を詳述している。茨城県に類話が残ることについては、知識人が中国側の記述を持ち込んだ結果と見られている。
鳥種の比定と、血を落とす伝えを猛禽の餌に帰す説明は少数説にとどまる。1931年の『頭註國譯本草綱目』第11冊、鈴木真海訳は欄外に魚類学者・木村重の所見を載せ、フクロウ科ではないかとする。Unschuld英訳に付く事典はヨタカとする。南方熊楠は、『本草綱目』が鬼車鳥に似るとした鵂鹠を旧学名Strix otusのトラフズクとみなし、フクロウのペリットを土塊の子と取り違えた可能性を挙げた。平田篤胤は1850年、家や子供に血を落とす伝えを、トビ・カラス・フクロウが血の垂れる餌をくわえて飛び、茅葺屋根に沁みた血を不吉とみた風習から説明している。
史料の変遷
西晋の博物誌『玄中記』(3〜4世紀)は郭璞(324年没)の撰とされ、姑獲鳥についてのまとまった記述が見える。唐代の古書『酉陽雑俎』にも記述があり、明代の本草書『本草綱目』第49巻は『玄中記』およびそれ以外の古書を引用して記述を集め、編者李時珍の所見を付した。
江戸期の百科『和漢三才図会』(1712)は『本草綱目』の内容を転載し、日本の西国に伝わるウバメドリの話を付している。江戸時代初頭には、日本の妖怪である産女と中国の姑獲鳥とが同一視され、「姑獲鳥」と書いて「うぶめ」と読む用法が生じたとされる。この経緯は木場貴俊『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(2020)が詳述する。
1931年、春陽堂書店刊の『頭註國譯本草綱目』第11冊は、白井光太郎校訂・鈴木真海訳により第49巻を和訳し、欄外に魚類学者木村重の所見を付した。郭璞「玄中記」の本文は、竹田晃・黒田真美子編『中国古典小説選』第2巻(2006)にも収められている。
ゆかりの地
荊州(中国): 郭璞撰『玄中記』(3〜4世紀)が姑獲鳥の棲息地として名を挙げる土地である。同書によれば、この地に多く棲むとされる。
西国・九州(日本): 寺島良安の『和漢三才図会』(1712)は西国の伝承に触れ、九州の人の言い伝えとしてウバメドリ、またはその類を記す。九州の人によればカモメに似て鳴き声も似るといい、小雨の降る闇夜に忽然とあらわれ、その鳥のいる場所には燐火があるという。
茨城県(日本): 『和漢三才図会』に見えるウバメドリに近いウバメトリの名で、夜の人家にかかわる伝承が残る土地である。
現代の受容
一九三一年、春陽堂書店刊の白井光太郎校訂・鈴木真海訳『頭註國譯本草綱目』第11冊は、李時珍『本草綱目』第49巻の姑獲鳥条を訳出する。欄外には魚類学者木村重がフクロウ科の鳥ではないかとする所見が付く。Unschuld による『本草綱目』英訳では、姑獲鳥と鬼車鳥のいずれの項も学名欄が空欄であり、付属する本草綱目事典は両者をヨタカ(goatsucker)とする。翻訳の系統ごとに、本草の一条が異なる鳥類へ割り振られる。
2020年の木場貴俊『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』は、日本近世における姑獲鳥と産女の同一視の経緯を詳述する。扱うのは女の死霊として固定されたキャラクターではなく、漢籍の鳥と産死者の霊とが重ねられていく過程である。
李時珍の所見では、姑獲鳥は雌のみで雄はなく、旧暦の七月八月に飛んで人に悪さをし、相当な毒を持つとされる。薬性を問うこの像は、産女に寄せて読む後世の表象とは焦点を異にする。
出典・参考文献References
- 『玄中記』 郭璞鬼神の一種とし、夜間に幼児を害する怪鳥、荊州の棲息、毛を着れば鳥・脱げば女、血で着物に印、亡妊婦の甦り説を記す。
- 『拾遺記』 王嘉姑獲鳥の名が見える。
- 『酉陽雑俎』 段成式姑獲鳥を出産で死んだ妊婦が化けたものとする。
- 『本草綱目』 李時珍第49巻。『玄中記』等を引き、雌のみで旧暦七・八月に飛び人を害し毒を持つとする。
- 『頭註國譯本草綱目』 李時珍(春陽堂書店) 1931第11冊第49巻の鈴木真海訳。欄外に木村重がフクロウ科とする所見を付す。
- 『和漢三才図会』 寺島良安 1712『本草綱目』を転載し、西国のウバメドリ(カモメ似、小雨の闇夜、燐火、子を負わせる女)を付す。
- 『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』 木場貴俊(文学通信) 2020日本近世における姑獲鳥と産女の同一視の経緯を詳述する。
ランキング順位Rankings
ゆかりの地Places
- 荊州郭璞『玄中記』が姑獲鳥の主な棲息地とする中国の地。
- 九州ウバメドリはカモメに似て、小雨の闇夜に燐火とともに現れると土地の人が伝える。
- 茨城県夜に子供の着物を干すとウバメトリが乳で印をつけるという伝えがある。
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よくある質問FAQ
姑獲鳥は何を求めて現れる?
産衣を求めて現れるとされ、産衣を投げ与えると消えるという。
姑獲鳥に遭ったらどうすればいい?
決して振り返らず、産衣を投げ与えるのが良いとされる。
なぜ「姑獲鳥」を「うぶめ」と読むのか
江戸初期の日本では、産婦にまつわる伝承の産女が中国の姑獲鳥と同一視され、「姑獲鳥」と書いて「うぶめ」と読むようになった。木場貴俊『怪異をつくる』はこの同一視の経緯を扱う。
姑獲鳥はどんな姿か
郭璞『玄中記』では毛を着ると鳥、毛を脱ぐと女になる。『和漢三才図会』が伝える西国のウバメドリはカモメに似て、小雨降る闇夜に忽然と現れ、その場所に燐火があるという。婦人に化け、子を連れて近づくともする。
姑獲鳥に遭ったらどうすればよいか
西国の伝えでは、婦人に化けたものが子を負うてくれと請う。怖がって逃げると憎まれ、悪寒や高熱を生じ、死に至ることがある。強剛な者が頼みを引き受けて子を負えば、危害は加えられない。
姑獲鳥は子供に何をするか
『玄中記』系の記述では他人の子を奪って自分の子とし、子供や夜干しの着物に血で印をつける。印を付けられた子は驚癇と無辜疳を併発する。茨城県のウバメトリは着物に乳を搾って印とし、その乳には毒があるという。
最終更新: · 編集: 百鬼編集室

