犬神
犬神とは、九州・四国地方を中心に伝承される犬の霊を操る憑き物筋の家筋にまつわる妖怪である。

- 分類
- 憑き物
- 分布
- 西日本
- 出没
- 納戸・床下・水甕
- 弱点・対処
- 呪術者に落とす
- 主な初期記録
- 『御伽婢子』(1666)
解説Overview
犬神は、狐憑きなどとともに西日本に最も広く分布する犬霊の憑き物である。大分県東部、島根県、四国北東部から高知県一帯で根強く、キツネの勢力圏でない四国を本場とする説もある。形跡は山口県、九州全域、薩南諸島から沖縄県にも及ぶ。狗神とも書き、宮崎県・熊本県球磨郡・屋久島ではインガメ、種子島ではイリガミと呼ばれる。
姿は鼠に近い。やや大きめのネズミほどで斑があり尻尾の先端が分かれる、ハツカネズミやジネズミ・イタチに似る、体長1尺1寸のコウモリ、米粒ほどなど、土地で異なる。浅井了意『御伽婢子』の土佐の犬神は米粒ほどで黒・白・斑とされる。
犬神持ちの家の納戸や床下、水甕に飼われ、情緒の激しい者に憑きやすい。胸や手足の痛み、犬のように吠える、大食、死ぬと犬の歯型が残るという。家は富むとされる一方、通婚を忌まれた。病は呪術者か徳島の賢見神社で落とすとされる。
名称と語源
犬神(いぬがみ)は、狐憑き・狐持ちなどとともに西日本に最も広く分布する犬霊の憑き物の名である。漢字では狗神とも書く。大藤時彦らが著し、柳田國男が監修した『綜合日本民俗語彙』第1巻(1955年)は、「犬神」の項にこの呼称と憑き物としての用法を採っている。
宮崎県、熊本県球磨郡、屋久島ではなまってインガメと呼ばれ、種子島ではイリガミともいう。近年まで大分県東部、島根県、四国の北東部から高知県一帯においても根強く見られ、島根県西部から山口県、九州全域、薩南諸島から沖縄県にかけて信仰の形跡がある。
山口県の相島では犬神鼠ともいい、徳島県三好郡祖谷山では犬神の類をスイカズラと呼ぶ。これらの異名は、犬霊というより管狐やオサキに近い小型の獣霊として観念された系統を示す。その家筋は犬神持ち、犬神筋と呼ばれ、石塚尊俊が西日本の分布とともに記している。四国をキツネの勢力圏ではない犬神の本場とする説もある。
姿かたち
浅井了意の『御伽婢子』に出る土佐国の犬神は、米粒ほどの大きさで、黒や白、斑模様の体色として記される。国学者・岡熊臣の『塵埃』は、体長一尺一寸のコウモリに似た姿とする。江戸期の随筆が伝える像は、犬の姿ではなく、ごく小さな獣の形に寄っている。
民俗誌では、若干大きめのネズミほどで斑があり、尻尾の先端が分かれ、モグラの一種であるため目が見えず、一列になって行動すると伝える。ハツカネズミに似て口は縦に裂け先端が尖るともいい、大分県ではジネズミ(トガリネズミの一種、モグラの近縁種)に似るといい、同県速見郡豊岡町では白黒まだらのイタチのようという。
山口の相島では犬神鼠とも呼び、長い口を持つハツカネズミのようで、一家に七十五匹の群れをなすという。徳島県三好郡祖谷山では犬神の類をスイカズラといい、ネズミより少し大きく、囲炉裏で暖をとることがあると伝える。管狐やオサキを思わせる姿であり、犬そのものの像とは距離がある。
性質と弱点
犬神は、犬神持ちの家の納戸の箪笥、床の下、水甕(みずがめ)のなかに飼われると説明される。喜怒哀楽の激しい者に憑きやすく、憑かれた者は胸や手足の痛みを訴え、急に肩をゆすり、犬のように吠えると伝える。耳から内臓へ入り、嫉妬深い性格になるともいう。徳島県では恐ろしく大食になり、死ぬと体に犬の歯型が付くとされ、人のほか牛馬や鋸にも憑いて鋸は使い物にならなくなると伝える。石塚尊俊『日本の憑きもの 俗信は今も生きている』(1977年)は西日本の実地に基づきこうした症状を記す。
愛媛県周桑郡小松町(現・西条市)では、犬神持ちの家に家族の人数だけ犬神がおり、家族が増えると数も増えるという。犬神は家族の考えを読み取り、欲しい物があるときに家を出て憑くとされるが、必ずしも従順ではなく、家族を噛み殺すこともあったと伝える。家は富み栄えるとされる一方、狐霊のように祭って恩恵を招くのではなく、祟神として忌まれる場合もある。
犬神の病は医者の療治では治らず、呪術者に落とす必要があるとされる。種子島では「犬神連れ」といい、犬神持ちの家の者が他家に憑かせた、またはそう疑われたとき、事実の有無にかかわらず食べ物を持って引き取りに行くか、治癒まで郊外の山小屋に隠棲したと伝える。徳島の賢見神社は犬神憑きを落とす神社として知られる。四国では婚姻の際に家筋を調べ、犬神の有無を確かめる習しがあり、犬神筋との通婚と交際を忌んだと、吉田禎吾『日本の憑きもの 社会人類学的考察』(1978年)は記す。
伝承・逸話
犬神起こし:犬を頭部だけ出して生き埋めにし、あるいは支柱につないで眼前に食物を置く。餓死しようとするときに頸を切ると、頭部は飛んで食物に食いつく。その頭を焼いて骨とし、器に入れて祀れば、霊は永久にその人に憑き、願望を成就させると伝える。別の筋では、獰猛な数匹を戦わせ、勝ち残った一匹に魚を与えて頭を切り、残った魚を食う。飢えた犬の首を辻道に埋め、人々が頭上を往来することで怨念を増した霊を呪物とする方法も知られる。村上健司『日本妖怪大事典』(2005)は、この使役法を犬神の概説に含める。
山香の巫女の犬神売り:大分県速見郡山香町(現・杵築市)では、巫女が犬の首を切り、腐った首に群がった蛆を乾燥させ、これを犬神と称して売ったという。これをありがたがって買う者もいたと伝える。
人数増殖と他家憑け:愛媛県周桑郡小松町(現・西条市)では、犬神持ちの家に家族の人数だけ犬神がおり、家族が増えるたびに数も増えると伝える。犬神は家族の考えを読み取り、欲しい物があるときに家を出て他家へ憑く。必ずしも従順ではなく、犬神持ちの家族を噛み殺すこともあったという。吉田禎吾『日本の憑きもの』(1978)は、犬神筋を含む憑きもの信仰を社会人類学の立場から分析する。
犬神連れ:種子島では「犬神連れ(いぬがみつれ)」という。犬神持ちとされる家の者が他家に犬神を憑かせた場合、あるいは憑かせたと疑われた場合、事実かどうかにかかわらず、食べ物などを持って相手の家へ引き取りに行く。憑いた者が癒えるまで郊外の山小屋に隠棲することもあり、その子孫が後にも山中の一軒家に住み続けていると伝える。大藤時彦ら『綜合日本民俗語彙』第1巻(1955)は犬神を憑き物として採録し、国際日本文化研究センターの『怪異・妖怪伝承データベース』は各地の犬神持ち・犬神憑きの事例を収録する。
通婚忌避:四国地方では婚姻の際に家筋を調べ、犬神の有無を確かめるのが習しとされた。犬神は子孫にも世代を追って離れず、村人は犬神筋との通婚を忌み、交際も嫌うのが普通であった。石塚尊俊『日本の憑きもの』(1977)は、この通婚忌避を西日本の犬神持ちの家筋をめぐる俗信として実地に基づき記す。
起源と解釈
犬神の憑依は、平安時代に禁止令が出されていた蠱術(蠱道・蠱毒とも呼ばれる、特定の動物の霊を使役する呪詛)が民間に流布したもの、という見方が中心に置かれる。伝承の中核を『捜神記』の犬蠱のような蠱道の直系ではなく、狐霊信仰を中心とする呪詛の亜流とみる解釈があり、キツネの勢力圏ではない四国を犬神の本場とみなす説もこれに並ぶ。村上健司『日本妖怪大事典』(2005年)の「犬神」項は分布と異称を概説する。
少数説として、源頼政が討った鵺の死体が四つに裂けて各地へ飛び散り犬神になったという説、弘法大師が猪除けに描いた犬の絵から生まれたという説がある。源翁心昭が殺生石の祟りを鎮めるために石を割った際、上野国(現・群馬県)へ飛来した破片がオサキになり、四国へ飛び散った破片が犬神になったという伝説もある。
犬神筋の由来は、蠱術を扱った術者、山伏、祈祷者、巫蠱らの血筋が地域に伝承されたものとする解釈がある。石塚尊俊は『日本の憑きもの 俗信は今も生きている』(1977年)で西日本の犬神持ちの家筋を実地に基づき記し、吉田禎吾は『日本の憑きもの 社会人類学的考察』(1978年)で犬神筋を含む憑きもの信仰を社会人類学の立場から分析した。漂泊の民間呪術者が畏敬と信頼を得ると同時に被差別の対象ともなったことを示す、とされる。
史料の変遷
浅井了意の『御伽婢子』(1666)は土佐国の犬神を記す。国学者・岡熊臣の『塵埃』も犬神を書き留めている。
1955年、大藤時彦らが著し民俗学研究所が編んだ、柳田國男監修の『綜合日本民俗語彙』第1巻が「犬神」の項を立て、憑き物としての語を辞典に収めた。石塚尊俊『日本の憑きもの 俗信は今も生きている』(1977)は西日本の犬神・犬神持ちを実地に基づいて記し、残る俗信として扱った。吉田禎吾『日本の憑きもの 社会人類学的考察』(1978)は犬神筋を含む憑きもの信仰を社会人類学の立場から分析した。
村上健司『日本妖怪大事典』(2005)は「犬神」の項で分布と犬神持ちを概説する。日野巌・日野綏彦「日本妖怪変化語彙」(村上健司校訂『動物妖怪譚』下、2006)は語釈を置き、国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」は各地の犬神・犬神持ち・犬神憑きの伝承事例を収録する。
ゆかりの地
賢見神社(徳島県): 徳島の賢見神社は、犬神憑きを落とす日本随一の神社と言われ、病気平癒や家内安全に御利益があるお宮として知られる。国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」は、各地の犬神憑きの伝承事例を収録する。
伝承地: 愛媛県周桑郡小松町(現・西条市)は犬神持ちの伝承地、山口県の相島は犬神鼠の伝承地として知られる。徳島県三好郡祖谷山、大分県速見郡山香町(現・杵築市)、種子島にも伝承が残る。石塚尊俊『日本の憑きもの 俗信は今も生きている』(1977年)は西日本の分布を実地に基づき記し、村上健司『日本妖怪大事典』(2005年)も分布と犬神持ちを概説する。
現代の受容
戦後の民俗学は、犬神をなお観察しうる俗信として扱った。石塚尊俊『日本の憑きもの 俗信は今も生きている』(1977)は西日本の犬神と犬神持ちを実地に基づき記し、吉田禎吾『日本の憑きもの 社会人類学的考察』(1978)は犬神筋を含む憑きもの信仰を社会人類学の立場から分析する。四国地方では婚姻の際に家筋を調べて犬神の有無を確かめる習しがあり、同和問題と結びつく場合があると記される。
村上健司『日本妖怪大事典』(2005)は「犬神」の項を立て、分布・異称・使役法と犬神持ちを概説する。日野巌・日野綏彦「日本妖怪変化語彙」は、村上健司校訂『動物妖怪譚』下巻(中央公論新社〈中公文庫〉、2006)に収まり、犬神の語釈を載せる。国際日本文化研究センターの『怪異・妖怪伝承データベース』は、各地の犬神・犬神持ち・犬神憑きの事例を収録する。京極夏彦・多田克己編『妖怪画本 狂歌百物語』(2008)、小松和彦・飯倉義之監修『日本の妖怪』(宝島社、2015)も、犬神を扱う書誌に含まれる。
キャラクター像と民俗像:民俗誌と妖怪事典が残すのは家筋と憑依の記述である。特定の小説・漫画・遊戯の登場人物として描く記述はなく、広告や観光商品の固有名も記されていない。
出典・参考文献References
- 『御伽婢子』 浅井了意 1666土佐国の犬神を、米粒ほどの大きさで黒・白・斑の体色として記す。
- 『塵埃』 岡熊臣犬神の姿を体長1尺1寸のコウモリに似たものとして記す。
- 『綜合日本民俗語彙』 大藤時彦他(平凡社) 1955第1巻の「犬神」項。分布と異称、憑き物としての用法を採る。
- 『日本の憑きもの 俗信は今も生きている』 石塚尊俊(未來社) 1977西日本の犬神・犬神持ちの分布、家筋、憑きの症状と通婚忌避を実地に基づき記す。
- 『日本の憑きもの 社会人類学的考察』 吉田禎吾(中央公論新社) 1978犬神筋を含む憑きもの信仰を社会人類学の立場から分析する。
- 『日本妖怪大事典』 村上健司(角川書店) 2005「犬神」の項。分布、異称、使役法と犬神持ちを概説する。
- 『動物妖怪譚』 日野巌・日野綏彦(中央公論新社) 2006下巻所収「日本妖怪変化語彙」に犬神の語釈がある。
ランキング順位Rankings
ゆかりの地Places
- 杵築市(大分県)旧山香町で、巫女が犬の首を切り腐った首の蛆を犬神として売ったとされる。
- 相島(山口県)犬神鼠と呼ばれ、長い口のハツカネズミのようで一家に75匹の群れをなすとされる。
- 祖谷山(徳島県)犬神の類をスイカズラと呼び、ネズミよりやや大きく囲炉裏で暖をとるとされる。
- 西条市(愛媛県)旧小松町の伝承で、犬神持ちの家には家族の人数だけ犬神がいるとされる。
- 賢見神社(徳島県)犬神憑きを落とす神社として知られ、病気平癒・家内安全の社とされる。
- 種子島(鹿児島県)イリガミと呼ばれ、犬神連れとして山小屋に隠棲する慣行があったとされる。
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よくある質問FAQ
犬神とは何ですか?
犬神とは、犬の霊を操る憑き物筋の家筋に伝わる妖怪で、主に九州・四国地方で信じられています。人に憑依して病気や災いをもたらすとされます。
犬神は実在しますか?
犬神は伝承上の存在であり、実在は確認されていません。しかし、犬神信仰に基づく差別が現実に存在した歴史があります。
犬神と狐憑きの違いは?
犬神は犬の霊、狐憑きは狐の霊による憑依を指しますが、地域によっては混同されることもあります。
犬神の姿はどんな形ですか?
犬ではなく鼠に近いとされます。やや大きめのネズミほどで斑があり尻尾の先端が分かれる、ハツカネズミやジネズミ、イタチに似る、コウモリに似て1尺1寸、米粒ほどなど、土地によって描写が分かれます。
犬神持ちとは何ですか?
犬神を家に飼うとされる家筋です。納戸の箪笥や床下、水甕に置き、家族の人数だけいる土地もあります。家は富むとされる一方、通婚を忌まれ、種子島では犬神連れとして山小屋に隠棲する例もありました。
犬神に憑かれたらどうしますか?
医者の療治では治らないとされ、呪術者に犬神を落としてもらう必要があります。徳島の賢見神社は犬神憑きを落とす神社として知られます。種子島では食べ物を持って相手の家へ引き取りに行く慣行もありました。
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