牛鬼

うしおにushi-oni

牛の頭に鬼の体を持つとされる妖怪。西日本、特に瀬戸内海沿岸の伝承に多く、海中から現れ人を襲うとされる。

イメージ画(当サイト制作)
分類
海の怪
分布
西日本
出没
海岸・淵
弱点・対処
弓矢
主な初期記録
『吾妻鏡』(1251)

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解説Overview

牛鬼(うしおに、ぎゅうき)は、西日本に伝わる妖怪で、主に海岸に現れ浜辺の人を襲うとされる。頭が牛で胴が鬼、またはその逆のほか、山寺の門前に牛首で人の着物を着て現れる話や、昆虫の羽で飛来する話もある。江戸期の『百怪図巻』などでは牛の首に蜘蛛の胴で描かれることが多い。

性質は土地により、毒を吐き人を食い殺すと伝える一方、和歌山では逆言で病を避け、上戸川では酒を供えて影を嘗められるのを防いだ。山陰から北九州の沿岸では濡女や磯女と共に海中から現れる。分布の中心は西日本の海岸と淵で、近畿・四国には牛鬼淵・牛鬼滝の地名が残る。名の早い記録は『枕草子』148段の「おそろしきもの」で、建長3年(1251)の『吾妻鏡』には浅草寺に牛のような妖怪が現れたとある。

名称と語源

牛鬼の名は「うしおに」と「ぎゅうき」の二通りに読まれる。『作陽志』は美作苫田郡越畑の大平山に起きた寛永年間の怪異を牛鬼(ぎゅうき)と名付けて記す。

『枕草子』148段は「おそろしきもの」に牛鬼の名を挙げ、『吾妻鏡』建長3年(1251)条は浅草寺に現れた牛のような妖怪を記す。古浄瑠璃『丑御前の御本地』では源満仲の子が丑の年丑の日丑の刻に生まれて丑御前と呼ばれ、牛に結びつく童子型の系統を示す。村上健司は浅草寺を襲った存在を牛御前の名で記す。

岡山の牛窓では塵輪鬼が牛鬼に化けたと伝え、『八幡愚童訓』の塵輪(仲哀天皇と戦った鬼)がこの呼び方の由来とされる。獣型の別名である。

『百怪図巻』は牛鬼の名で図を掲げ、『百鬼夜行絵巻』(松井文庫)は同様の図を土蜘蛛と記して鳥山石燕『画図百鬼夜行』の牛鬼と区別する。山口敏太郎は、水から上がる大型の怪獣がすべて牛鬼と呼ばれたのではないかと述べる。近畿・四国には牛鬼淵・牛鬼滝の地名が残り、愛媛県宇和島ではウショウニン、長崎県南高来郡ではトオシモン、鹿児島県日置郡市来町ではツクイモン、大隅半島ではウンムシ(海牛)の異名がある。

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姿かたち

民間伝承における牛鬼の姿は一定せず、頭が牛で首から下は鬼の胴とするものと、頭が鬼で胴が牛とするものとが並ぶ。山間部では牛の首に人の着物姿、あるいは牛の首に鬼の体と昆虫の羽を持ち空から飛来したとする話もある。江戸時代の妖怪絵巻では牛の首に蜘蛛の胴で描く例が多く、佐脇嵩之『百怪図巻』がその代表である。『百鬼夜行絵巻』(松井文庫)では同様の絵を「土蜘蛛」と記し、鳥山石燕『画図百鬼夜行』に似た牛鬼と区別する例が見られる。

『作陽志』は、両牙が長く生え、尾と角を備えた子を牛鬼のようだと記す。古浄瑠璃『丑御前の御本地』では、牛の角と鬼の顔を持つ男児が隅田川で十丈の牛に化ける。

和歌山県西牟婁郡の牛鬼淵では猫のような体と1丈の尾を持ち、体が鞠のように柔らかいと伝える。土佐山村の重倉川では身の丈7尺、身体は牛で顔は鬼とし、愛媛には顔が龍で体が鯨だったとする別説がある。香川県五色台の青峰の根香寺に残る掛軸は、猿のような顔と虎のような体、両前脚にムササビまたはコウモリのような飛膜を描く。牛窓の塵輪鬼は頭が八つの大牛姿とされ、『八幡愚童訓』の塵輪がその由来とされる。

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性質と弱点

各地の伝承の大半では残忍・獰猛で、毒を吐き人を食い殺すことを好むと伝える。海岸に出て浜辺を歩く者を襲い、山陰から北九州の沿岸では濡女や磯女とともに現れ、赤ん坊を抱かせて身動きを封じた隙に食い殺すという。『枕草子』148段は牛鬼を「おそろしきもの」に挙げ、建長3年(1251)の『吾妻鏡』は浅草寺に牛のような妖怪が現れて食堂の僧24人が悪気を受け、7人が死亡したと記す。

三重県ではひどく祟るとされ、和歌山県西牟婁郡の牛鬼淵では出会っただけで病になると伝え、「石は流れる、木の葉は沈む、牛は嘶く、馬は吼える」など逆の言葉を唱えると命が助かるという。同県上戸川では影を嘗められると高熱で数日のうちに死ぬとされ、毎年正月に好物の酒を住処へ供えて避けた。三尾川では弁当を分けた青年を大水から救った牛鬼が、人を助けると身代りに去る掟で溶けて消え、高知県物部村では助けられた牛鬼がその土地の者に祟らなくなったと伝える。高知の民話では近森左近が弓の一撃で仕留め、愛媛県喜多郡河辺村では山伏がホラガイと真言でひるませ眉間を剣で貫いたとされる。古浄瑠璃『丑御前の御本地』では源満仲の子・丑御前が源頼光に始末を命じられ、隅田川で十丈の牛と化して暴れたと語る。

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伝承・逸話

五ヶ所浦の洞穴:三重県南伊勢町・五ヶ所浦の洞穴に牛鬼がいるといわれ、五ヶ所城の城主・愛洲重明が弓で射たところ、その祟りで正室が不治の病となった。重明は正室を疎んじ、京から来た白拍子を溺愛した。正室の親元である北畠氏は愛洲氏と不仲となり、愛洲氏を滅ぼしたという。

塵輪鬼の再襲:岡山県牛窓町(現・瀬戸内市)に伝わる話では、神功皇后が三韓征伐の途中、頭が八つの大牛姿の塵輪鬼に襲われ、弓で射殺した。塵輪鬼は頭・胴・尾に分かれて黄島・前島・青島となった。新羅からの帰途、成仏できなかった塵輪鬼が牛鬼に化けて再び襲い掛かり、住吉明神が角をつかんで投げ飛ばすと、滅んだ体は黒島・中ノ小島・端ノ小島に変化したという。鎌倉時代成立の神道書『八幡愚童訓』は、塵輪という鬼が仲哀天皇と戦ったことを記し、先の伝承の由来とされる。

三尾川の化身救助:和歌山県の三尾川の淵では、牛鬼が人間に化けて人を助ける話が伝わる。青年が空腹の女性に弁当を分けたところ、その女性は淵の主の牛鬼の化身であり、二ヶ月後に青年が大水で流されたとき、牛鬼の姿に戻った女性がこれを救った。人を助けると身代りとしてこの世を去る掟があり、牛鬼は救った途端、血を流しながら体が溶けて消滅したという。

河辺村の山伏退治:かつて牛鬼が人や家畜を襲い、喜多郡河辺村(現・愛媛県大洲市)の山伏が退治を請けた。ホラガイを吹いて真言を唱えると牛鬼がひるみ、山伏は眉間を剣で貫き、体をバラバラに斬り裂いた。血は七日七晩流れ、淵となった。この話はのちに高知県土佐山、徳島県白木山、香川県根来寺にも牛鬼淵の名で伝えられている。

浅草寺の牛怪:『吾妻鏡』建長三年(1251)条は、浅草寺に牛のような妖怪が現れ、食堂にいた僧侶二十四人が悪気を受けて病に侵され、七人が死亡したと記す。『新編武蔵風土記稿』はこの条を引用し、隅田川から牛鬼のような妖怪が現れて牛島神社に飛び込み、牛玉を残したと述べる。

出典: 〔2〕〔3〕

起源と解釈

神の零落:美作苫田郡越畑の大平山に記された『作陽志』の寛永年間の怪異について、柳田國男は、山で祀られた金属の神が零落し、妖怪変化とみなされたものと述べている。

神の化身:民間伝承上の牛鬼は西日本に伝わるが、古典では東京の浅草周辺に類する妖怪が現れたとする記述が多い。伝承の一部には悪霊を祓う神の化身としての牛鬼もいる。浅草の事例については、牛頭天王の異名であり荒々しい性格を持つスサノオの化身とする説がある。村上健司は、『吾妻鏡』建長3年(1251)条の浅草寺襲撃に宗教的対立の背景があるとする。

少数説:正体を老いたツバキの根とする見方があり、ツバキに神霊が宿り境界に咲く花であることから、岬や海辺という出現の場所を表すとの説もある。水木しげるは、大自在天の化身である伊舎那天や閻魔天が関係し、近隣の天満宮(菅原道真=天満大自在天)との関わりを推測している。山口敏太郎は、水から上がってくる大型怪獣はすべて牛鬼の名で呼ばれていたのではないかと述べている。牛窓の伝承では、塵輪鬼が牛鬼に化ける話の由来を、鎌倉時代成立の『八幡愚童訓』が仲哀天皇と戦ったと記す塵輪に求める。

出典: 〔2〕〔3〕〔6〕〔8〕

史料の変遷

『枕草子』148段は「おそろしきもの」として名を挙げる。建長3年(1251)の『吾妻鏡』は浅草寺に牛のような妖怪が現れ、食堂の僧24人が悪気を受け7人が死亡したと記す。民間伝承は西日本に伝わるが、古典の記述は東京の浅草周辺に多い。

『八幡愚童訓』は塵輪という鬼が仲哀天皇と戦ったことを記す。『太平記』には源頼光と対決した様子が描かれ、『新編武蔵風土記稿』は『吾妻鏡』を引き、隅田川から現れた妖怪が浅草対岸の牛島神社に飛び込み牛玉を残したと述べる。

江戸時代初期の古浄瑠璃『丑御前の御本地』は、源満仲の子が隅田川で十丈の牛に化ける筋を語る。絵巻では『百怪図巻』が牛鬼を描き、『百鬼夜行絵巻(松井文庫)』では類似の絵が土蜘蛛の名で記され、鳥山石燕『画図百鬼夜行』の牛鬼と区別される例がある。

関宿藩藩士・和田正路の随筆『異説まちまち』は、出雲国で白い光が体に付着する現象を「牛鬼に遭った」と記す。2000年の村上健司編著『妖怪事典』は牛鬼を独立項として収める。

出典: 〔1〕〔2〕〔3〕〔4〕〔5〕〔7〕〔8〕

ゆかりの地

牛窓(岡山県瀬戸内市):黄島・前島・青島は塵輪鬼の頭・胴・尾が、黒島・中ノ小島・端ノ小島は牛鬼の体が、それぞれ分かれて島になったと伝える。地名は牛転(うしまろび)が訛ったものとされ、『八幡愚童訓』の塵輪の記事が由来とされる。

牛島神社(東京都):浅草の対岸にあり、社宝の牛玉を伝え、狛犬ではなく牛一対を飾り、撫で牛の像を置く。『新編武蔵風土記稿』は『吾妻鏡』建長3年(1251)条を引き、隅田川から現れた牛鬼のような妖怪が同社に飛び込んだと記す。

和霊神社(愛媛県宇和島市):例祭として7月23日と24日に牛鬼まつりを行う。JR予讃線・宇和島駅の構内には牛鬼の「かぶ」が飾られている。

**根香寺(香川県五色台の青峰)**には、江戸時代初めに山田蔵人高清が退治したとされる牛鬼の角が秘蔵されるが、一般公開されていない。**観音寺(福岡県久留米市)**には、康平年間(1063年)の牛鬼の手とされるミイラがある。

出典: 〔2〕〔3〕

現代の受容

宇和島地方の祭礼では牛鬼と呼ばれる山車が町を練り歩く。竹組みの亀甲型に頭(かぶ)と尾(剣)を付け、棕櫚または色布で覆う形態は、佐脇嵩之『百怪図巻』に多い牛首蜘蛛胴とも民間伝承の牛首鬼身とも異なる作り物である。7月22日から24日の和霊大祭には山間部や高知県西土佐村からも出場し、宇和島市とホノルル市の姉妹都市関係により6月第1金・土・日のまつりインハワイにも宇和島牛鬼保存会が出場する。南予では神輿の先駆けと家の悪魔祓いを担い、頭を噛んでもらうと賢くなるという言い伝えもある。

JR予讃線宇和島駅の構内には「かぶ」が飾られ、郷土料理店にも模した頭部が置かれる。水木しげるは『妖怪・神様に出会える異界』(2007)で牛鬼に触れ、村上健司編著『妖怪事典』(2000)は牛鬼項を立てる。祭礼の山車や店先の「かぶ」が親しみやすい象徴であるのに対し、事典が扱う像は地域伝承と古典の記述に即したものである。

出典: 〔4〕〔8〕

出典・参考文献References

  1. 『枕草子』 清少納言
    148段「おそろしきもの」に牛鬼の名を挙げる。
  2. 『吾妻鏡』
    建長3年(1251)条。浅草寺に牛のような妖怪が現れ、食堂の僧24人が悪気を受け7人が死亡したと記す。
  3. 『八幡愚童訓』
    塵輪という鬼が仲哀天皇と戦ったことを記し、岡山・牛窓の塵輪鬼が牛鬼に化ける伝承の由来とされる。
  4. 『百怪図巻』 佐脇嵩之 1737
    牛の首に蜘蛛の胴を持つ姿で牛鬼を描く。
  5. 『画図百鬼夜行』 鳥山石燕 1776
    牛鬼の図。後世の絵巻で土蜘蛛と区別される牛首の像の比較対象となる。
  6. 『作陽志』
    美作苫田郡越畑の大平山に、寛永年間の牛鬼(ぎゅうき)の怪異を記す。
  7. 『丑御前の御本地』
    源満仲の子が牛の角と鬼の顔で生まれ、隅田川で十丈の牛に化ける筋を語る古浄瑠璃。
  8. 『妖怪事典』 村上健司(毎日新聞社) 2000
    牛鬼項。牛御前の浅草寺襲撃に宗教的対立の背景があるとする。

ランキング順位Rankings

ゆかりの地Places

  • 牛窓(岡山県瀬戸内市)神功皇后が塵輪鬼を射た地。牛転がなまって牛窓となったとする地名伝承。
  • 牛島神社(東京都)浅草の対岸。『吾妻鏡』の牛のような妖怪を祀り、社宝の牛玉と撫で牛がある。
  • 和霊神社(愛媛県宇和島市)7月23・24日の例祭「牛鬼まつり」で山車の牛鬼が練り歩く。
  • 根香寺(香川県)五色台の青峰。江戸時代初めに山田蔵人高清が退治した牛鬼の角と掛軸を伝える。
  • 観音寺(福岡県久留米市)康平年間(1063)に金光上人が退治した牛鬼の手とされるミイラを伝える。
  • 五ヶ所浦(三重県南伊勢町)洞穴に牛鬼がいるとされ、五ヶ所城主・愛洲重明が弓で射て祟りを受けたという。

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よくある質問FAQ

牛鬼とは何ですか?

牛鬼は牛の頭と鬼の体を持つとされる妖怪で、西日本、特に瀬戸内海沿岸の伝承に多く見られます。海中から現れ人を襲うとされます。

牛鬼はどこに現れますか?

主に瀬戸内海沿岸や九州地方の海辺に現れるとされます。夜間に浜辺に上がるという伝承があります。

牛鬼の出典は何ですか?

『諸国里人談』や『大和怪異記』などの江戸時代の怪談集、柳田國男の『妖怪談義』などに記述があります。

牛鬼を退ける方法はありますか?

和歌山県西牟婁郡では、出会っただけで病になるとされ、「石は流れる、木の葉は沈む」など逆の言葉を唱えると助かるという。上戸川では正月に酒を供えた。各地の退治譚では弓矢が用いられる。

牛鬼の古い記録は何ですか?

名は『枕草子』148段の「おそろしきもの」に見える。建長3年(1251)の『吾妻鏡』には浅草寺に牛のような妖怪が現れ、僧が病死したとある。絵姿は『百怪図巻』や鳥山石燕『画図百鬼夜行』に、牛首に蜘蛛の胴で残る。

宇和島の牛鬼まつりとは何ですか?

愛媛県宇和島市の和霊神社例祭(7月23・24日)などで、竹組みの亀甲に頭(かぶ)と尾(剣)を付けた山車「牛鬼」が練り歩く。南予の地方祭の主役で、子どもが頭に噛んでもらうと賢くなるともいう。

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最終更新: · 編集: 百鬼編集室