鎌鼬
鎌鼬(かまいたち)とは、髪を鎌のようにした鼬が突風とともに現れ、人に刃物で切ったような傷を与えるとされる日本の妖怪。

- 分類
- 風の怪
- 分布
- 中部・近畿を中心に全国
- 出没
- つむじ風の通る路上
- 弱点・対処
- 古い暦の黒焼き
- 主な初期記録
- 『画図百鬼夜行』(1776)
解説Overview
鎌鼬(かまいたち)は、つむじ風に乗って現われて人を切りつけるとされる妖怪、もしくはその怪異である。遭った人は刃物で切られたような鋭い傷を受けるが、痛みはなく、傷から血も出ないともされる。
名称は「構え太刀」の訛りとも考えられ、江戸中期以後は鳥山石燕『画図百鬼夜行』などに鎌のような爪をもったイタチの姿で描かれ、今日に定着した。江戸の書物では風を媒介とする点から中国の窮奇と同一視され、窮奇の訓に「かまいたち」が当てられた。
人を切る風の伝えは中部・近畿など全国にあり、雪深い地方に多い。正体の説明は一様でなく、つむじ風そのものを鎌鼬と呼ぶ土地も多い。東北では古い暦の黒焼きを傷口につけ、西国の風鎌では古い暦を懐に入れて防ぐ。飛騨の丹生川では三人の神が倒し、切り、薬を塗るとされ、愛知県東部では飯綱とも呼ばれる。高知などでは野鎌といい、墓場に置かれた草切り鎌が化けるとされる。
名称と語源
かまいたちの語は「構え太刀(かまえたち)」の訛りであるとも考えられている。「いたち」という語から、江戸時代中期以後、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』などに鎌のような爪をもったイタチの姿が描かれ、獣型として今日に定着した。
別物であるが風を媒介とする点から、江戸時代の書物では中国の窮奇(きゅうき)と同一視され、窮奇の訓読みとして「かまいたち」が採用されていた。天野信景は随筆『塩尻』巻五十二で、中国でいうシイがかまいたちにあたると記している。
呼称の揺れは大きく、村上健司編著『妖怪事典』(2000年)も鎌鼬の項を収める。つむじ風そのものをかまいたちと呼ぶ地方も多く、神奈川県の鎌風(かまかぜ)、静岡県の悪禅師の風(あくぜんじのかぜ)、西国の風鎌(かざかま)は風の現象に寄せた異名である。季語の鎌鼬は冬の天文に属し、子季語に鎌風がある。愛知県東部の飯綱(いづな)は飯綱使いの系統、高知県などの野鎌(のがま)は墓場に残された草切り鎌が化ける系統の名である。
姿かたち
定型としての姿は、江戸時代中期以後、鳥山石燕『画図百鬼夜行』などに見られる鎌のような爪をもったイタチの図像が、今日に定着したものである。民間で語られる正体は一様ではなく、つむじ風そのものをかまいたちと呼ぶ地方も数多い。奈良県吉野郡地方では人の目に見えず形は定かではないと伝え、飛騨の丹生川流域では三人連れの悪神、愛知県東部では旋風に乗って人を襲う飯綱、高知県などでは墓場に放置された草切り鎌が化ける野鎌、新潟県三島郡片貝町の鎌切坂では大雪で圧死した巨大なカマキリとする。
根岸鎮衛『耳袋』巻の七「旋風怪の事」は、江戸の加賀屋敷の跡地にあった野原で子供がつむじ風に巻かれ、背中に一面にイタチのような獣の足跡が残されていたと記す。
尾張藩士・三好想山の随筆『想山著聞奇集』巻之2「鎌鼬」は、かまいたちは1尺(約30センチメートル)ほどしか飛び上がれないとし、水中に棲むものもいると記す。
性質と弱点
つむじ風に乗って現われ、人を切りつけるとされる。遭った者は刃物で切られたような鋭い傷を受けるが、痛みはなく血も出ないともいう。三好想山『想山著聞奇集』巻之2「鎌鼬」は、傷は当初痛みも出血もないが後に激痛と大出血を生じ、傷口から骨が見えることもあり稀に死に至る危険があるとし、下半身に多いため1尺ほどしか飛び上がれないと記す。想山は水中に棲むものもあるとする。
飛騨の丹生川流域では悪神3人連れの仕業とされ、最初の神が人を倒し、次が刃物で切り、三番目が薬を塗るため出血も痛みもないという。『北越奇談』は鬼神の刃に触れた傷とする。信越地方では暦を踏むとこの災いに会うといい、愛知県東部では生き血を吸うために旋風に乗って人を襲う飯綱の仕業とも伝える。
東北地方では古い暦の黒焼きを傷口につけると治るといわれた。西国の風鎌は肌を削ぎ、当初は無痛だが後に耐え難い痛みと出血を生じ、古い暦を懐に入れると防げるという。『古今百物語評判』は、慣れた薬師の薬を塗れば死ぬことはなく、都がたの人または名字なる侍にはこの災いがないと記す。徳島県祖谷地方では野鎌に遭うと「仏の左の下のおみあしの下の、くろたけの刈り株なり、痛うはなかれ、はやくろうたが、生え来さる」と唱えるという。
伝承・逸話
悪神三人連れ: 飛騨の丹生川流域では、かまいたちを神の仕業とする。その悪神は3人連れで、最初の神が人を倒し、次の神が刃物で切り、三番目の神が薬をつけていくため、出血がなく痛まないのだ、と伝えられてきた。信越地方でも悪神の仕業といい、暦を踏むとこの災いに会うという俗信がある。北陸の奇談集『北越奇談』は、かまいたちを鬼神の刃に触れたためにできる傷とする。
逃げた飯綱: 愛知県東部では、かまいたちを飯綱(いづな)とも呼ぶ。かつて飯綱使いが弟子に封じ方を教えなかったため、逃げた飯綱が生き血を吸うために旋風に乗って人を襲う、という筋である。村上健司編著『妖怪事典』(2000年)はこの話型を鎌鼬の項に収める。
野鎌: 高知県などでは、かまいたちに似た現象を「野鎌(のがま)に切られる」と呼ぶ。野鎌は葬式の際に墓場で使われたまま放置された草切り鎌がなる妖怪だとされる。徳島県祖谷地方では、葬式の穴堀などに使った鎌や鍬は墓場に7日間置いてから持って帰らないと野鎌に化けるといい、遭ったときには「仏の左の下のおみあしの下の、くろたけの刈り株なり、痛うはなかれ、はやくろうたが、生え来さる」と唱えると伝える。
路上転倒: 和歌山県では、路上で転倒して負った傷が鎌で切ったような形状をしていた場合、かまいたちのしわざであるとされた。奈良県吉野郡地方では、かまいたちに噛まれると人は転倒して傷口が開くが血は出ないといい、かまいたちは人の目に見えず形は定かではないと伝える。新潟県三島郡片貝町の鎌切坂(かまきりざか、蟷螂坂とも書く)では、転ぶと鎌で切ったような傷ができ黒い血が流れて苦しむといい、かつてはそこに巨大なカマキリが住み、大雪で圧死して以来そのようなことが起こるようになった、と伝えられている。
江戸の遭遇譚: 江戸の四谷では便所で用を足そうとした女性が、牛込では下駄を履こうとしていた男性がかまいたちに遭ったという。根岸鎮衛『耳袋』巻の七「旋風怪の事」は、江戸の加賀屋敷の跡地にあった野原で子供がつむじ風に巻かれ、背中に一面にイタチのような獣の足跡が残されていたと記す。三好想山『想山著聞奇集』巻之2「鎌鼬」は水中に棲むものもあるとし、四谷御門内のくぼみが雨上がりで水溜りとなったところで遊んでいた子供や、麻布古川を渡っているものがかまいたちに遭ったと記す。青梅では、恋人を奪われた女が怨みをこめて自分の髪を切ったところ、その髪がかまいたちとなって恋敵の首を切り落としたという話がある。
起源と解釈
江戸時代の書物は、別物ながら風を媒介とする点から、かまいたちを中国の窮奇(きゅうき)と同一視した。天野信景は随筆『塩尻』巻五十二で、中国でいうシイがかまいたちにあたると記す。
山岡元隣『古今百物語評判』(1686)は、北国に粛殺の気が集まり風が激しく気が冷たいとし、山谷の魑魅がそれを借りて傷をなすと解釈する。都がたの人や名字ある侍にこの災いがないのは、邪気が正気に勝てぬという道理だとする。
北陸の奇談集『北越奇談』は、かまいたちを鬼神の刃に触れたためにできる傷とする。主体を獣や旋風ではなく刃を振るう鬼神に置く点で、魑魅説と並ぶ近世の起源説明である。
明治には、旋風の中心にできる真空または非常な低圧が皮膚や肉を裂くという説明が現れ、井上円了もその説を紹介した。一見科学的であったため児童雑誌や科学記事を通じて広く浸透し、以後は現象の定説として扱われた。
同じ明治期の物理学者・寺田寅彦はエッセイ「化け物の進化」で、この説は物理学者には少しふに落ちないとし、強風で飛ばされた木竹片や砂粒が高速度で衝突して皮膚を截断すると述べ、真空説を退けた。事故の説明としては少数にとどまった。
史料の変遷
近世の板本では、山岡元隣『古今百物語評判』(1686年)がかまいたちを活字に残した早い記録である。死ぬことはない災いとし、これに慣れた薬師がいるので薬を求めて塗れば治る、と記す。
鳥山石燕は『画図百鬼夜行』(1776年)にかまいたちを収め、評判の文章ではなく画譜の一項として名を流通させた。
江戸後期の随筆は、一般論から見聞の項立てへ移る。根岸鎮衛『耳袋』巻の七は「旋風怪の事」として一件を収め、尾張藩士・三好想山の『想山著聞奇集』(原著1850年)は巻之2に「鎌鼬」の独立項を置く。この項は1903年、田山花袋・柳田国男編校訂の『近世奇談全集』(博文館)に再録された。北陸の奇談集『北越奇談』もこの怪異を採録している。
明治に入ると、旋風の中心にできる真空または非常な低圧により皮膚や肉が裂けるとする説明が現れ、井上円了もその説を紹介した。寺田寅彦はエッセイ「化け物の進化」で、この説は物理学者にはふに落ちないとし、強風のために途上の木竹片あるいは砂粒が高速度で衝突して皮膚が截断されるのだと述べ、真空説を退けた。
村上健司編著『妖怪事典』(毎日新聞社、2000年)は、現代の妖怪事典として鎌鼬の項を収録している。
ゆかりの地
鎌切坂(新潟県三島郡片貝町): かまきりざか、蟷螂坂とも書く坂道である。転ぶと鎌で切ったような傷ができ黒い血が流れて苦しむと伝え、かつてそこに住んでいた巨大なカマキリが大雪で圧死して以来、そのようなことが起こるようになったとする。社寺・祭礼・碑は伝わらない。
吉野郡(奈良県)・丹生川(飛騨)・祖谷(徳島県)・青梅: 奈良県吉野郡地方では、かまいたちに噛まれると人が転倒すると伝える。飛騨の丹生川流域も伝え地である。徳島県祖谷地方では、葬式の穴堀に使った鎌や鍬を墓場に7日間置いてから持って帰らないと野鎌に化けるという。青梅には、怨みをこめて切った女の髪がかまいたちとなり恋敵の首を落としたという話がある。
四谷・加賀屋敷跡(江戸): 根岸鎮衛『耳袋』巻の七「旋風怪の事」は、江戸の加賀屋敷の跡地にあった野原で子供がつむじ風に巻かれ、背中にイタチのような獣の足跡が残ったと記す。三好想山『想山著聞奇集』は、四谷御門内のくぼみが雨上がりで水溜りとなったところで遊んでいた子供と、麻布古川を渡る者がかまいたちに遭ったとする。
現代の受容
明治以後、かまいたちの現象は、旋風の中心にできる真空または非常な低圧によって皮膚や肉が裂けるとする解釈がなされ、井上円了もその説を紹介した。寺田寅彦は随筆『化け物の進化』の中で、この説は物理学者にはふに落ちないとし、強風のために途上の木竹片や砂粒が高速度で衝突して皮膚が截断されるのだと述べた。真空説は児童雑誌や科学記事を通じて浸透し、漫画やアニメーション等のフィクションでは、旋風が物体を刃物のように切り裂く表現が繰り返されるようになった。円谷プロ製作『怪奇大作戦』16話「かまいたち」も、この理論を元に物語が組まれている。
村上健司編著『妖怪事典』(2000年)は、現代の妖怪事典として鎌鼬の項を収録する。事典が整理するのは伝承上の妖怪、あるいはそれが起こすとされた怪異であり、通俗科学と映像作品が広めた切断する旋風のキャラクター像とは層を異にする。
出典・参考文献References
- 『古今百物語評判』 山岡元隣 1686都の人や名字ある侍にはこの災いがなく、北国の山谷の魑魅が粛殺の気を借りてなす仕業とし、慣れた薬師の薬を塗れば死ぬことはないとする。
- 『画図百鬼夜行』 鳥山石燕 1776鎌のような爪をもったイタチの姿として描き、今日に定着した図像の基になった。
- 『耳袋』 根岸鎮衛巻の七「旋風怪の事」。江戸の加賀屋敷跡の野原で子供がつむじ風に巻かれ、背中にイタチのような獣の足跡が残ったと記す。
- 『想山著聞奇集』 三好想山 1850巻之2「鎌鼬」。傷は当初無痛無出血だが後に激痛と大出血を生じ、下半身に多いため1尺ほどしか飛び上がれないと記す。水中に棲むものも記す。
- 『塩尻』 天野信景巻五十二で、中国でいうシイがかまいたちにあたると記す。
- 『北越奇談』かまいたちを鬼神の刃に触れたためにできる傷とする。
- 『化け物の進化』 寺田寅彦旋風中心の真空で皮膚が裂けるとする明治の説を退け、強風で飛ばされた木竹片や砂粒の衝突で截断されると述べる。
- 『妖怪事典』 村上健司(毎日新聞社) 2000現代の妖怪事典として鎌鼬の項を収録する。
ランキング順位Rankings
ゆかりの地Places
- 吉野郡(奈良県)かまいたちに噛まれると転倒して傷口が開くが血は出ず、姿は目に見えず形も定かではないとされる。
- 丹生川(飛騨)悪神が三人連れで、倒し、刃物で切り、薬を塗るため出血も痛みもないとされる。
- 祖谷(徳島県)葬式の穴掘りに使った鎌や鍬を墓場に7日置かずに持ち帰ると野鎌に化け、遭った際の呪文が残る。
- 鎌切坂(新潟県片貝町)転ぶと鎌で切ったような傷ができ黒い血が流れ、かつて住んだ巨大なカマキリが大雪で圧死したことに由来する。
- 四谷(江戸)便所でかまいたちに遭った話と、四谷御門内の水溜りで子供が遭った話が残る。
- 青梅怨みで切った髪がかまいたちとなり、恋敵の首を落とした話が残る。
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よくある質問FAQ
鎌鼬はどこで生まれた伝承ですか?
中部地方や北陸地方を中心に伝承が分布し、長野県や新潟県の記録がよく知られています。
鎌鼬に遭ったときの傷はどんなものですか?
突風とともに、皮膚に平行した浅い切り傷が数本できるとされます。痛みはほとんどないと語られます。
鎌鼬は実在しますか?
妖怪としての鎌鼬は伝承上の存在です。旋風による裂傷を説明する民俗的な解釈も残っています。
鎌鼬はどんな姿ですか?
江戸中期以後、鳥山石燕『画図百鬼夜行』などに鎌のような爪をもったイタチの姿で描かれ、今日に定着した。奈良県吉野郡では目に見えず、形は定かではないとされる。
鎌鼬に遭ったときの対処は?
東北地方では古い暦を黒焼きにして傷口につけると治るといい、西国の風鎌では古い暦を懐に入れて防ぐ。『古今百物語評判』は、慣れた薬師の薬を塗れば死ぬことはないとする。
鎌鼬はどこに伝わりますか?
中部・近畿など全国に伝えられ、雪深い地方に多い。つむじ風そのものを鎌鼬と呼ぶ土地も多く、高知などでは野鎌、神奈川では鎌風、静岡では悪禅師の風、西国では風鎌とも呼ばれる。
最終更新: · 編集: 百鬼編集室

