火車
火車とは、葬礼や死に際に現れ、亡骸を奪い去る妖怪。関西では猫の怪、関東では鬼ともされる。出典は『画図百鬼夜行』『遠野物語』など。

- 分類
- 火の怪
- 分布
- 全国
- 出没
- 葬列・墓場
- 弱点・対処
- 数珠・刃物
- 主な初期記録
- 『因果物語』(1661)
解説Overview
火車(かしゃ)は、葬儀や葬列、墓場から亡骸を奪うとされる妖怪で、化車とも書く。伝承地は特定されず、十八世紀の鳥山石燕も全国に事例があると記した。狙われる遺体は悪人に限らないとする指摘があり、仏教の乗物「火の車」とは別の話型として定着した。
姿は時代とともに移る。近世初期は獄卒や牛頭馬頭、雷神の鬼姿で描かれ、十六世紀後半には雷が遺体をさらう構図が立つ。十七世紀末には猫又伝承との習合で猫型が確立し、『礦石集』(1693)に最古例がある。石燕『画図百鬼夜行』(1776)は年経た猫すなわち猫又を正体とし、暗雲や雷雨を伴って現れるとする。遠野のキャシャは女姿で、山形にはカシャ猫を払った寺の遺物がある。対処には数珠、刃物、棺に石を置く法などが各地に残る。
名称と語源
火車は「化車」とも記し、かしゃと読む。仏教でいう火車は悪人を地獄へ送る乗物であるが、妖怪譚ではその宗教色が薄れ、奪われる遺体は必ずしも悪人のものではないと指摘される。平仮名本『因果物語』(1658年頃)巻四第五話は題に「火車(かしや)」と読みを示し、片仮名本(寛文元年/1661年刊)巻下第十一話と『奇異雑談集』(1687年刊)も火車の語を用いる。
蓮体『礦石集』(元禄6/1693刊)巻一第十五話「猫火車と成て人の死骸を取事」は猫型火車の最古例とされる。獣型の異名に山形県のカシャ猫、愛知県日間賀島で百年以上の猫をさすクシャがあり、岩手県遠野と長野県南御牧村(現・佐久市)のキャシャは読みが異なり、遠野では女性の姿とされる。播磨国山崎町牧谷(現・宍粟市)の火車婆、群馬県秋畑村(現・甘楽町)のテンマル、鹿児島県出水地方のキモトリは同種または別名とみなされる。
茅原虚斎『茅窓漫録』(天保4/1833刊)は、死体を奪う妖怪を地獄の火車にちなんで名付けるのを愚昧とし、漢籍の魍魎に同定して「クハシヤ」と訓む。遊廓の遣り手を花車と呼ぶのは火車からの派生で、遣り手が牛車を動かす人を意味することにもよるとされる。
姿かたち
江戸初期から中期にかけて、妖怪としての火車は獄卒や牛頭・馬頭、雷神の姿で描かれた。『奇異雑談集』(1687年刊)「越後上田の庄にて、葬りの時、雲雷きたりて死人をとる事」の挿絵は、虎の皮の褌を穿き太鼓を持つ雷神のようで、長耳と嘴が誇張される。姿形は黒雲であり、化け猫ではない。
佐脇嵩之『百怪図巻』(1737年)の「火車」もこれに近い容貌である。一説によれば、鳥山石燕『画図百鬼夜行』(1776年)は佐脇または同系の絵巻を手本にしつつ、猫耳と体毛を加えて猫姿へアレンジしたとされる。
猫型の火車は17世紀末には説話として確立しており、蓮体『礦石集』(元禄6年/1693年刊)巻一第十五話「猫火車と成て人の死骸を取事」が最古例とされる。石燕は葬礼や墓場から死体を盗む火車を全国の伝承とし、正体を年経た猫、すなわち猫又として描いた。以後、正体は猫の妖怪とされることが典型となった。
岩手県遠野では同種とされるキャシャが、前帯に巾着を着けた女の姿をとると伝える。『北越雪譜』二編巻三(天保12年/1841年)「北高和尚」では、火の玉のなかに二又の尾を持つ巨大な猫が現れる。
性質と弱点
火車は葬礼や墓場から死体を奪うとされ、鳥山石燕は『画図百鬼夜行』(1776年)でそれが全国の伝承だと記し、正体を年経た猫すなわち猫又とした。蓮体『礦石集』(1693年刊)巻一第十五話では、死人が出ると猫たちが火車となって亡者を捕らえ、暗雲と雷雨が棺を襲う。
悪行を重ねて死んだ者を標的とする解説もある。片仮名本『因果物語』(1661年刊)巻下第十一話は、正保年間に美濃国八屋の悪僧の遺体を火車が持ち去ったとし、平仮名本巻四第五話は河内国八尾の庄屋の妻が生きながら連れ去られた例とする。『茅窓漫録』(1833年刊)は、亡骸を引き裂いて岩や木に掛け置くこともあると記す。害は亡骸の奪取だが、『礦石集』の同話は猫檀家譚で、達磨の珠数が弱点だと明かし、播磨国山崎町牧谷には火車婆の類話がある。
防除では数珠と刃物が挙げられる。『茅窓漫録』では葬送の風雨に僧が数珠を投じ、『世田谷私記』(1813年刊)は勝光院の住職が数珠で祓ったと伝える。『北越雪譜』二編巻三(1841年)「北高和尚」では呪文と鉄如意で二尾の大猫を退けた。愛媛県八幡浜市では棺上に剃刀を置き、山梨県上九一色村付近では石を詰めた棺で先に葬式を行い、群馬県嬬恋村では刃物を置いて死体の歩行を防いだ。宮崎県五ヶ瀬町などでは通夜に猫を室内へ入れず、遺体から目を離さなかった。
伝承・逸話
猫檀家: 蓮体『礦石集』(元禄6年・1693年刊)巻一第十五話「猫火車と成て人の死骸を取事」は、京都の浄土宗の僧が、三十年飼った猫の夜の人語を聞きとがめる話である。その猫は齢数十年を経て京都の猫の首領となったと明かし、死人が出ると猫たちは火車となって亡者を捕らえに行くと語った。翌日に死ぬ予定の貴族の尼は邪見放逸のため襲われると他の猫らは判断したが、尼は飼い主のパトロンであるため、この猫は義理立てて消極的だった。猫は達磨の珠数が有効だと教え、僧は翌日は全力で襲え、自分も守ると説得した。引導の際に暗雲と雷雨が起き、雷が棺を直撃せんとする所を僧が珠数を投げて祓い、晴天が戻った。三日後、片目の飛び出た飼い猫が戻り、介抱の甲斐なく死んだ。
越後上田の葬礼: 『漢和希夷』は天正2年(1574年)の故事として載せ、『奇異雑談集』(1687年刊)は「越後上田の庄にて、葬りの時、雲雷きたりて死人をとる事」の段に記す。越後国上田の葬列が火車に襲われ、亡骸が奪われそうになったが、雲東庵の僧が法力を発揮し、気絶しながらもしがみついて遺体を守った。火車は激しい雷雨とともに現れたという。
北高和尚: 『北越雪譜』二編巻三(天保12年・1841年)は立役者を雲洞庵十三世の北高全祝とし、猫を二尾とする。天正時代、雲洞庵に近い魚沼郡三郎丸村の者が亡くなり、吹雪が収まらぬまま棺送りを強行したところ、道半ばで突風と暗雲が起こり、火の玉が棺にかぶさった。火の中には二又の尾を持つ巨大な猫がおり、棺を奪おうとした。北高の呪文と鉄如意の一撃で撃退され、返り血が降りかかった袈裟は「火車落の袈裟」と呼ばれ、香染の麻織が同寺に伝わると記す。
生ながら火車にとられし女: 平仮名本『因果物語』(1658年頃)巻四第五話は、題名以外の文中に「火車」の明記がなく乗物も伴わないが、妖怪・火車の一例とされる。河内国八尾の庄屋の妻は強欲で、召使いに食事を満足に与えず人に辛く当たっていた。庄屋の知人が街道を歩くと松明のような光が飛び、光の中で身長八尺の武士のような大男二人が、妻の両手を抱えて飛び去った。妻は病気で数日寝込み、その三日目に死んだ。行いが良くなかったため、生きながらにして地獄へ堕ちたといわれた。
美濃の悪僧: 片仮名本『因果物語』(寛文元年・1661年刊)巻下第十一話は、正保年間の逸話として、美濃国八屋の臨済宗関山派の快祝が、自ら授けた悟り以外の仏は無いとして神木や仏像を破壊し、死んだ時に火車に遺体を掴んで持ち去られたと記す。片仮名本では遺体がばらばらに捨てられたとし、平仮名本巻四第十七話では僧の名を関悦とし、手足首を引きちぎり木の枝に掛け置かれたと描写する。
起源と解釈
定説: 火車の起源は、猫と死人に関する禁忌と、罪人を奪う火の車の伝承とが組み合わさった結果とする見方が中心に置かれる。日本では古来、猫を死人に近付けてはならない、棺の上を猫が飛び越えると亡骸が起き上がる、といった伝えがあり、中世の『宇治拾遺物語』には獄卒が火の車を引いて罪人の亡骸や生きた罪人を奪う話がある。片仮名本『因果物語』(寛文元年・1661年刊)巻下第十一話は、正保年間の美濃国八屋の悪僧の遺体を火車が持ち去ったと記す。
猫又との習合: 猫又が死骸を盗む伝承と火車の説話とが習合し、17世紀末頃に猫型の火車が成立したという説がある。蓮体『礦石集』(元禄6年・1693年刊)巻一第十五話「猫火車と成て人の死骸を取事」がその早い例とされる。同時代の『奇異雑談集』(1687年刊)「越後上田の庄にて、葬りの時、雲雷きたりて死人をとる事」は猫又譚ではなく、猫型の成立は一系統にとどまる。
同定と少数説: 中国の魍魎は死体の肝を好むとされ、日本では火車と混同されたと見られている。茅原虚斎『茅窓漫録』(天保4年・1833年刊)は、死体を奪う妖怪を地獄の火車にちなんで名付けるのを愚昧とし、漢籍の魍魎に同定して「クハシヤ」と訓んだ。根岸鎮衛『耳袋』巻之四「鬼僕の事」でも、死体を奪う妖怪が「魍魎といへる者なり」と名乗る。河童が人を溺れさせて尻を取る伝承は、火車の影響とする説もある。
史料の変遷
雷が遺体をさらう伝承は16世紀中葉には成立していたとされ、井原西鶴『日本永代蔵』「茶の十徳も一度に皆」は雷雨のなかで遺体が消え去る話を載せる。火車の名を題に掲げる早い例は平仮名本『因果物語』(1658年頃)巻四第五話で、片仮名本『因果物語』(寛文元年・1661年刊)巻下第十一話は正保年間の美濃国「八屋」の僧の遺体が火車に持ち去られたと記す。
『奇異雑談集』(1687年刊)「越後上田の庄にて、葬りの時、雲雷きたりて死人をとる事」は天正2年(1574年)の故事として雲東庵の僧が葬列を守った話を載せ、成立は近世初期とされる『漢和希夷』にも同話がある。猫型の火車が文献に現れる最古は蓮体『礦石集』(元禄6年・1693年刊)巻一第十五話とされ、辻堂兆風子『多満寸太礼』(1704年)「火車説ならびに猫取死骸事」が続く。
図像資料は説話より遅れる。佐脇嵩之『百怪図巻』(1737年)に「火車」図があり、鳥山石燕『画図百鬼夜行』(1776年)は葬礼や墓場から死体を盗む話を図入りで掲げた。穂積隆彦『世田谷私記』(1813年刊)は勝光院の什物「火車の爪」を文化9年(1812年)に実見したと記し、茅原虚斎『茅窓漫録』(天保4年・1833年刊)は出雲・薩摩および東国の葬送俗信をまとめる。鈴木牧之『北越雪譜』二編巻三(天保12年・1841年)「北高和尚」は雲洞庵の話を、十三世北高全祝が二尾の猫を退けた話として再録する。
ゆかりの地
新潟県南魚沼市雲洞の雲洞庵には、『北越雪譜』二編巻三「北高和尚」(天保12年・1841年)によれば、天正のころ十三世北高全祝が二尾の大猫を退けた際の返り血がかかった「火車落の袈裟」が現存する。同寺は『奇異雑談集』(1687年刊)に雲東庵と記される。山形県南陽市宮内の長谷観音堂には、山形市長谷堂の清源寺で追い払われたカシャ猫の尻尾とされるものが奉納され、毎年正月に公開される。
穂積隆彦『世田谷私記』(1813年刊)は、世田谷の勝光院の什物「火車の爪」四本を編者が文化9年(1812年)に実見したと記す。岩手県では、旧上閉伊郡綾織村(現・遠野市)から宮守村へ続く峠傍らの笠通山(869.2メートル)に、前帯に巾着を着けた女姿のキャシャが住むとされ、播磨国山崎町牧谷(現・兵庫県宍粟市)には火車婆の類話が残る。
現代の受容
語の転用:遊廓で遊女を監督する遣り手を花車(かしゃ)と呼ぶのは、火車から派生した用法とされる。遣り手が万事を切り回す女であり、牛車を動かす人を意味する言葉でもあることが由来とされる。片仮名本『因果物語』(寛文元年・1661年刊)巻下第十一話が遺体を掴んで持ち去る火車を記すのとは異なり、花車の語は監督役の女性を指し、亡骸を奪う機能は残していない。
播磨国一帯では性格の悪い老婆を、化け猫のような老婆との意味合いで「火車婆」と呼ぶという。播磨国山崎町(現・兵庫県宍粟市)牧谷に火車婆の類話がある。鳥山石燕『画図百鬼夜行』(1776年)が正体を年経た猫とした像と、老婆を火車に見立てる呼称とは、猫の怪異を共有しつつ、後者は性格評の語として残った。
定型像と土地の像:後世に流通する猫姿の定型は、石燕が『画図百鬼夜行』で猫又とした図に拠る。佐脇嵩之『百怪図巻』(1737年)の火車は雷神に近い容貌であり、岩手県遠野のキャシャは前帯に巾着を着けた女の姿で、棺や墓場から死体を奪い食うとされた。共有される猫の火車と、絵巻や土地の語りの像とは層が異なる。
出典・参考文献References
- 『因果物語』 1661片仮名本巻下第十一話で美濃の悪僧の遺体を火車が持ち去る。平仮名本巻四第五話「生ながら、火車にとられし女の事」も同種の例とされる。
- 『奇異雑談集』 1687「越後上田の庄にて、葬りの時、雲雷きたりて死人をとる事」。雲東庵の僧が雷雨の火車から遺体を守る。挿絵は雷神姿。
- 『礦石集』 蓮体 1693巻一第十五話「猫火車と成て人の死骸を取事」。猫型火車の最古例。達磨の数珠を弱点とし、猫檀家型の話を載せる。
- 『百怪図巻』 佐脇嵩之 1737「火車」図。『奇異雑談集』系に近い雷神の容貌で描く。
- 『画図百鬼夜行』 鳥山石燕 1776葬礼や墓場から死体を盗むのは全国の伝承とし、正体を年経た猫(猫又)とする猫姿の図。
- 『世田谷私記』 穂積隆彦 1813勝光院の什物「火車の爪」。住職が数珠で祓った際に落ちた四本の爪を、編者が文化九年に実見したと記す。
- 『茅窓漫録』 茅原虚斎 1833出雲・薩摩および東国の俗信として、僧が数珠を投じて葬送の風雨を鎮める話を載せる。火車を漢籍の魍魎に同定し「クハシヤ」と訓む。
- 『北越雪譜』 鈴木牧之 1841二編巻三「北高和尚」。雲洞庵の北高全祝が二尾の大猫を退け、火車落の袈裟が同寺に残ると記す。
ランキング順位Rankings
ゆかりの地Places
- 遠野(岩手県)上閉伊郡綾織村から宮守村へ続く峠傍らの笠通山に、女姿のキャシャが住み、棺や墓場から死体を奪って食うとされた。
- 雲洞庵(新潟県南魚沼市)天正の故事として北高全祝が二尾の猫を退けたとされ、返り血のついた火車落の袈裟が現存する。
- 長谷観音堂(山形県南陽市)清源寺の和尚がカシャ猫を払った際の尻尾とされるものが奉納され、毎年正月に公開される。
- 勝光院(東京都世田谷)住職が数珠で祓った際に落ちたという火車の爪四点を、編者が文化九年に実見したと記す。
- 牧谷(兵庫県宍粟市)播磨国山崎町牧谷に、火車婆の類話がある。
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よくある質問FAQ
火車はどんな妖怪ですか?
火車は、葬儀や死に際に現れ、亡骸を奪う妖怪です。関西では猫の怪、関東では鬼ともされます。
火車はどこに現れますか?
火車は、墓地や葬儀場、また葬送の道中に現れるとされます。
火車を防ぐ方法はありますか?
棺に経文を入れたり、魔除けの呪具を置くことで火車を防ぐとされていました。
火車の姿は猫ですか?
十七世紀末に猫又伝承と習合して猫型が確立し、鳥山石燕は年経た猫を正体とした。それ以前は獄卒や雷神の鬼姿で描かれ、遠野のキャシャは女の姿とされる。
火車と火の車は同じですか?
仏教の火車は悪人を地獄へ送る乗物である。妖怪譚の火車はその宗教色が薄れ、遺体を奪うが必ずしも悪人ではない。『奇異雑談集』の箱根山の話は乗物の側である。
火車はどこに伝わりますか?
特定の本拠はなく全国に事例がある。遠野の女姿のキャシャ、山形のカシャ猫、播磨の火車婆、越後の雲洞庵に火車落の袈裟が残る話など、各地で呼び名と姿が異なる。
最終更新: · 編集: 百鬼編集室

