九尾の狐

きゅうびのきつねkyubi-no-kitsune

尾が九本に分かれた狐の妖怪。中国の妖狐伝説に由来し、日本では玉藻前として朝廷を乱したとされる。

九尾の狐
イメージ画(当サイト制作)
分類
妖狐
分布
中国・インド・日本
姿
九本の尾を持つ狐。美女に化けることがある。
関連
玉藻前、殺生石

解説Overview

九尾の狐(きゅうびのきつね)は、尾が九本に分かれた狐の妖怪である。中国の古い地理書『山海経』には、青丘の国に住む九尾の狐が登場し、太平の兆しとされる一方で、人の心を惑わす妖獣ともされた。この伝承が日本に伝わり、平安時代の朝廷を揺るがした玉藻前(たまものまえ)の物語へと結びついた。

玉藻前は、鳥羽上皇に仕えた絶世の美女とされる。その正体は九尾の狐であり、上皇を病に陥れたとされる。陰陽師・安倍泰成(あべのやすなり)によって正体を見破られ、那須野(現在の栃木県那須郡)に逃れた。那須では、三浦介義明(みうらのすけよしあき)と千葉介常胤(ちばのすけつねたね)の軍勢に追われ、上総介広常(かずさのすけひろつね)の弓で射止められたとされる。その死骸は石と化し、那須の殺生石(せっしょうせき)となった。殺生石は、近づく者や鳥獣を殺す毒石として恐れられ、江戸時代には松尾芭蕉が訪れ、その霊を慰める句を詠んだとされる。

九尾の狐は、単なる狐の妖怪ではなく、中国・インド・日本の三国を渡る国際的な妖狐として語られる。インドでは、斑足王(はんそくおう)の妃となった華陽夫人(かようふじん)が九尾の狐と同一視されることがある。このように、九尾の狐は地域や時代によって姿と役割を変え、日本では玉藻前の名で広く知られるようになった。

江戸時代の鳥山石燕は『画図百鬼夜行』に九尾の狐を描き、その姿を後世に伝えた。明治以降も、九尾の狐は歌舞伎や浄瑠璃、近代の小説や漫画、アニメーションなどに繰り返し登場し、日本の妖怪文化を代表する存在の一つとなっている。現代では、九尾の狐はゲームや漫画のキャラクターとしても親しまれ、その多様な解釈が続いている。

伝承・史料Lore

玉藻前伝説: 鳥羽上皇に仕えた美女・玉藻前は九尾の狐の化身で、上皇を病に陥れた。陰陽師・安倍泰成が正体を見破り、那須野で討たれた。

殺生石: 九尾の狐の死骸が石と化したとされる。栃木県那須郡にあり、近づく者を殺す毒石として恐れられた。松尾芭蕉が訪れたとも伝わる。

山海経: 中国の古い地理書に青丘の国に住む九尾の狐が記され、太平の象徴とされた。また、人を惑わす妖獣ともされた。

国際的な妖狐: インドの斑足王の妃・華陽夫人が九尾の狐と同一視されるなど、中国・インド・日本を渡る伝承を持つ。

出典・参考文献References

  1. 画図百鬼夜行 鳥山石燕 1776九尾の狐の図版
  2. 怪異・妖怪伝承データベース(国際日本文化研究センター)九尾の狐に関する伝承項目
  3. 太平記古典・基本文献(成書年は版により異なる)

よくある質問FAQ

九尾の狐とは何ですか?

尾が九本に分かれた狐の妖怪です。中国の伝承に由来し、日本では玉藻前として朝廷を乱したとされます。

九尾の狐はどのようにして生まれたのですか?

中国の『山海経』に記された九尾の狐が起源とされ、日本に伝わって玉藻前の物語と結びつきました。

殺生石とは何ですか?

九尾の狐の死骸が石と化したとされるもので、栃木県那須郡にあります。近づく者を殺す毒石として恐れられました。

5つの質問で、あなたに宿る妖怪を占います。結果は図鑑ページにつながります。あなたはどの妖怪?診断

最終更新: · 編集: 百鬼編集室