送り犬
夜道を歩く人の後ろに付き従い、転ぶと噛み殺すが「休もう」と声をかけると一時的に姿を消すとされる犬の妖怪。

- 分類
- 動物の怪
- 分布
- 東北から九州
- 出没
- 夜の山道
- 弱点・対処
- 休憩したふり
- 主な初期記録
- 『本朝食鑑』(1697)
解説Overview
送り犬(おくりいぬ)は、夜の山道を歩く人の後ろにぴたりとついてくる犬の怪異である。転ぶと食い殺されるが、「どっこいしょ」と座ったふりをしたり、「しんどいわ」と休憩したふりをすれば襲われない。山犬、狼とも呼ばれる。
東北地方から九州まで話がある。犬が体当たりで突き倒そうとする土地、転ぶと群れが現れて襲う土地もある。関東から近畿と高知県では送り狼といい、『和漢三才図会』の「狼」の項は、夜道を行く人の頭上を跳び越し、恐れて転んだ者に食らいつくと記す。火縄の匂いを嫌う。『本朝食鑑』は歯向かわず命乞いをすれば山中の獣害から守ると書く。長野県塩田(現・上田市)では産後の母子を守り、赤飯を供えた話が『小県郡民譚集』に残る。伊豆半島と埼玉県戸田市には送り鼬があり、草履を投げると咥えて帰ると伝える。
名称と語源
送り犬(おくりいぬ)は、夜の山道を歩く人の後ろに付き従う犬の怪異の呼称である。東北地方から九州に話があり、単に山犬(やまいぬ)、狼(おおかみ)とも呼ばれる。村上健司『日本妖怪大事典』(2005年)は送り犬・送り狼の分布と話型を概説し、国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」も両名を見出しに収録する。犬・狼・山犬は獣を名にした呼称で、童子型の異名はこれらの文献に見えない。「送り」を方言や職能にさかのぼる語源説も、これらの文献には見当たらない。
関東地方から近畿地方にかけての地域と高知県では送り狼(おくりおおかみ)という。人見必大『本朝食鑑』はこの名で記し、寺島良安『和漢三才図会』は「狼」の項に置く。近世の本草・図会が狼の名で立項した系統である。好意を装い害心を抱く者や、女をつけ狙う男を「送り狼」と呼ぶ用法は、この妖怪伝承が由来とされる。
昭和初期の小山眞夫『小県郡民譚集』によれば、長野県南佐久郡小海町では山犬を送り犬と迎え犬に分け、前者は人を守り後者は襲うという。伊豆半島と埼玉県戸田市の送り鼬(おくりいたち)は送り犬の仲間とされ、鼬に置き換えた獣型の異名である。
姿かたち
姿は犬または狼として語られる。寺島良安『和漢三才図会』(1712)は「狼」の項に送り狼を置き、夜道を行く人の頭上を何度も跳び越すものと記した。独立した異形の図ではなく、狼の項に付す形で記されている。人見必大『本朝食鑑』(1697)も送り狼の名でこれを記す。
関東地方から近畿地方にかけての地域と高知県では送り狼の名で伝わり、姿は狼とされる。伊豆半島と埼玉県戸田市には送り犬の仲間とされる送り鼬の伝承があり、追う対象は同じく夜道の人だが、姿は鼬である。昭和初期の小山眞夫『小県郡民譚集』は、長野県の塩田(現・上田市)の話で送り犬を複数の犬として記す。
国際日本文化研究センターの『怪異・妖怪伝承データベース』は送り犬・送り狼の見出しで、山道を後からつける犬・狼の事例を収録する。村上健司『日本妖怪大事典』(2005)も送り犬と送り狼の分布と話型を概説する。ここに挙げる記録では、別種の怪物として図像が固定された経緯は見えない。
性質と弱点
夜の山道で後ろにぴたりと付き、転ぶと食い殺すとされる。転んでも「どっこいしょ」と座ったように見せかけ、「しんどいわ」と座って休憩の振りをすれば襲わないと伝える。体当たりで突き倒そうとする土地や、転ぶと群れが襲う土地もあり、村上健司『日本妖怪大事典』(2005)は話型の差を概説する。
山道を抜けたあと「さよなら」「お見送りありがとう」と声をかけると後を追わず、家で足を洗い一品を捧げる伝えもある。伊豆半島や埼玉県戸田市の送り鼬は草履を投げると咥えて帰り、送り狼では煙草をふかすと家まで送り、好物や草履の片方を礼に与えると帰るともいう。国際日本文化研究センターの『怪異・妖怪伝承データベース』は山道を後からつける事例を収録する。
関東から近畿と高知県の送り狼について、人見必大『本朝食鑑』(1697)は、歯向かわず命乞いをすれば山中の獣の害から守ると記す。寺島良安『和漢三才図会』(1712)の「狼」の項は、恐れず歯向かわなければ害はないが恐れて転倒した者には喰らいつくとし、火縄の匂いを嫌うので山野を行く者は火縄を携行するとある。
長野県南佐久郡小海町では山犬を送り犬と迎え犬に分け、前者は守り後者は襲うとする。小山眞夫『小県郡民譚集』(昭和初期)は塩田(現・上田市)で人を守った送り犬に赤飯を振舞った話を載せる。
伝承・逸話
塩田の産後守護: 昭和初期の小山眞夫『小県郡民譚集』は、長野県の塩田(現・上田市)の話を載せる。塩田に住む女が、出産のため夫のもとを離れて実家へ戻る途中、山道で産気づき、その場で子供を産み落とした。夜になって何匹もの送り犬が集まった。女は恐れつつ「食うなら食ってくれ」と言ったが、送り犬は襲いかかるどころか、山中の狼から母子を守っていた。やがて一頭が夫を引っぱって来た。夫は妻と子に再会し、送り犬に赤飯を振舞ったという。
小海町の送り犬と迎え犬: 長野県南佐久郡小海町では、山犬を送り犬と迎え犬に分ける。送り犬は塩田の事例のように人を守る。迎え犬は人を襲うと伝える。『小県郡民譚集』は塩田話に続けてこの区別を記す。
峠抜けの礼: 無事に山道を抜けたあと、「さよなら」あるいは「お見送りありがとう」と一声かけると、犬は後を追わなくなるという話がある。家に着いてまず足を洗い、帰路の無事を感謝して一品を捧げると、送り犬は帰っていくとも伝える。村上健司『日本妖怪大事典』(2005)は送り犬の話型を概説し、国際日本文化研究センターの『怪異・妖怪伝承データベース』は山道を後からつける犬・狼の事例を収録する。
送り狼の命乞い: 関東地方から近畿地方にかけての地域と高知県には送り狼が伝わる。夜の山道や峠道を行く人の後をついてくるとして恐れられるが、正しく対処すると周囲からその人を守るともいう。人見必大『本朝食鑑』(1697)によれば、送り狼に歯向かわず命乞いをすれば、山中の獣の害から守ってくれる。声をかけ、落ち着いて煙草をふかすと襲われずに家まで送り届け、お礼に好物や草履の片方を与えると満足して帰ると伝える。
送り鼬の草履: 伊豆半島と埼玉県戸田市には、送り犬の仲間とされる送り鼬の伝承がある。夜道を歩く人を追って来る。草履を投げつけると、それを咥えて帰って行くという。
起源と解釈
送り狼の起源を一源に帰す定説は、依拠できる史料には示されていない。人見必大『本朝食鑑』(1697)は、送り狼に歯向かわず命乞いをすれば山中の獣の害から守ってくれると記し、害と守護を同一の狼に帰属させている。
妖怪探訪家の村上健司は『日本妖怪大事典』(2005)で送り犬・送り狼の分布と話型を概説したうえで、送り狼は実際にはニホンオオカミそのものを指すという仮説を述べる。怪異を起こしたり人を守ったりする妖怪としての伝承は、ニホンオオカミの行動や習性を人間が都合の良いように解釈したに過ぎない、とする。ニホンオオカミには人間を監視するためついて来る習性があったとされる点が、この仮説の前提である。害をなす話と人を守る話の双方を同一の習性への読み替えと見る点で、『本朝食鑑』が記した両義性と重なる。
国際日本文化研究センター『怪異・妖怪伝承データベース』は送り犬・送り狼の見出しで、山道を後からつける犬・狼の伝承事例を収録する。確認できるのはその話型の残存であり、村上の説は話型を獣の習性の読み替えと見る研究上の仮説である。
史料の変遷
人見必大『本朝食鑑』(1697)は、送り狼を刊行年のわかる成書に残した早い例である。送り犬の名で、これより古い刊行年の書を挙げる記述は、依拠できる史料には示されていない。
寺島良安『和漢三才図会』(1712)は「狼」の項に送り狼を置き、図会の一節として扱った。独立した妖怪の項を立てた記述は、同書には見えない。
昭和初期、小山眞夫『小県郡民譚集』は長野県塩田(現・上田市)の話を採録し、送り犬を一郡の民譚として紙に残した。記録の単位は、近世の狼の項から、土地つきの聞き書きへと移った。
村上健司『日本妖怪大事典』(2005)は送り犬と送り狼の分布・話型を事典の見出しで概説する。国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」は、送り犬・送り狼の各見出しのもと、山道を後からつける犬・狼の伝承事例を収録し、土地ごとの記録を引ける形に開いている。
ゆかりの地
塩田(長野県上田市): 昭和初期の小山眞夫『小県郡民譚集』が送り犬の話を記した塩田は、現在の上田市に属する。
小海町(長野県南佐久郡): 山犬を送り犬と迎え犬に分けて伝える。送り犬は塩田の話のように人を守る側、迎え犬は人を襲う側とされる。村上健司『日本妖怪大事典』(2005)は送り犬・送り狼の分布と話型を概説する。
送り狼・送り鼬の伝承地: 関東地方から近畿地方にかけての地域と高知県には送り狼が伝わる。伊豆半島と埼玉県戸田市には、送り犬の仲間とされる送り鼬の伝承がある。国際日本文化研究センターの『怪異・妖怪伝承データベース』は、送り犬・送り狼の見出しで山道を後からつける犬・狼の伝承事例を収録する。
現代の受容
日常語の送り狼:好意を装いつつ害心を抱く者や、女の後をつけ狙う男を「送り狼」と呼ぶ用法は、送り狼の妖怪伝承に由来するとされる。伝承そのものの整理としては、妖怪探訪家の村上健司が『日本妖怪大事典』(2005)で送り犬・送り狼の分布と話型を概説する。
遊戯と民俗像:ノベルゲーム『アパシー ミッドナイト・コレクション』は送り犬をモチーフとする。国際日本文化研究センターの『怪異・妖怪伝承データベース』が送り犬・送り狼の見出しで収録するのは、山道を後からつける犬・狼の伝承事例であり、定まったキャラクター図像ではない。遊戯が題材として切り取る送り犬と、事典・データベースが残す話型の記録とは層を異にする。漫画・アニメ・広告・観光商品の固有名と刊行年は、依拠できる文献には示されていない。
出典: 〔4〕
出典・参考文献References
- 『本朝食鑑』 人見必大 1697送り狼に歯向かわず命乞いをすれば、山中の獣の害から守ってくれると記す。
- 『和漢三才図会』 寺島良安 1712「狼」の項。送り狼は夜道を行く人の頭上を跳び越し、転倒した者に食らいつき、火縄の匂いを嫌うと記す。
- 『小県郡民譚集』 小山眞夫昭和初期。長野県塩田で産後の母子を送り犬が狼から守り、一頭が夫を連れて来た話を載せる。
- 『日本妖怪大事典』 村上健司(角川書店) 2005送り犬・送り狼の分布と話型を概説する。著者は送り狼をニホンオオカミの習性の解釈とする仮説を述べている。
ランキング順位Rankings
ゆかりの地Places
- 塩田(長野県上田市)『小県郡民譚集』に、産後の母子を送り犬が守り赤飯を供えた話がある。
- 小海町(長野県)山犬を送り犬と迎え犬に分け、送り犬は人を守り迎え犬は襲うと伝える。
- 戸田市(埼玉県)送り鼬の伝承地。夜道を追って来て、草履を投げると咥えて帰ると伝える。
- 伊豆半島送り鼬の伝承地。夜道を追って来て、草履を投げると咥えて帰ると伝える。
- 高知県関東から近畿とともに送り狼の伝承がある。
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よくある質問FAQ
送り犬に遭ったらどうすればいいですか?
転ばないように歩き、「休もう」と声に出すと、送り犬は一時的に姿を消すとされます。振り返らないことも大切とされます。
送り犬と送り狼の違いは何ですか?
基本的な話は同じで、犬が狼に置き換わる地域差があります。東北では犬、四国や中部では狼とする伝承が多く見られます。
送り犬は実在しますか?
伝承上の怪異であり、実在は確認されていません。江戸期の怪談集や明治期の民俗資料に記録が残ります。
塩田の送り犬は人を襲いますか?
『小県郡民譚集』の塩田(現・上田市)では、産後の女を送り犬が山中の狼から守り、一頭が夫を連れて来た。夫は赤飯を振る舞った。南佐久郡小海町では送り犬は人を守り、迎え犬が襲うと区別する。
「送り狼」という言葉の由来は何ですか?
好意を装いながら害をなす者や、女の後をつけ狙う男を「送り狼」と呼ぶのは、夜道で人の後ろをつける送り狼の伝承が由来である。
最終更新: · 編集: 百鬼編集室

